外套・鼻
岩波文庫 赤605-3
ゴーゴリ / 平井 肇
2006年2月16日
岩波書店
627円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
ある日、鼻が顔から抜け出してひとり歩きを始めた…写実主義的筆致で描かれる奇妙きてれつなナンセンス譚『鼻』。運命と人に辱められる一人の貧しき下級官吏への限りなき憐憫の情に満ちた『外套』。ゴーゴリ(1809-1852)の名翻訳者として知られる平井肇(1896-1946)の訳文は、ゴーゴリの魅力を伝えてやまない。
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(無題)
外套。一気読み。 ドストエフスキーの原点らしい作品で以前読んだ時より深読みできた気がする。 「地下室の手記」は濡れ鼠による濡れ鼠的精神をつまびらかに描いており、なにがしか辛い体験をしたものには強く共感を得られる作品になっている。 私も短編では「貧しき人々」よりも「地下室の手記」の方が大変気に入っている。 そのドストエフスキーをして「僕たちはゴーゴリの外套から始まった」と言わしめたこの作品「外套」。 こんなに哀しく辛く悔しい物語はそうあるものでは無い。 誰にも迷惑もかけず単純作業である仕事にも誠実であり慎ましく愚直に生きている純真な主人公アカーキー。 彼は権威と称する上司のオッサンどもや警官、同僚たちや街行く女どもからもそのキャラクターゆえに無能扱いされ見下された人生を送っていてまたそれに無自覚にも思える。洒落たものに興味は一切無いが厳寒を乗り切るために購入を決意し貯蓄とわずかな給与から捻り出し仕立て屋に誂えてもらった人生のたった一つの灯であった一張羅の夢の外套。それはもはや外套ではなく彼に自信をも与える大切な宝物アイデンティティであった。 結末はゲス野郎共にそれは奪い去られ、何もかも失ったアカーキーは遂には病に伏し死すことになる。 この「外套」という作品は、濡れ鼠的ポジションは地下室の手記や罪と罰などど同じであるが、心情描写はかなり希薄である。ただただ赤貧で哀しい九等管官吏の惨めすぎる人生の表面をたどっているかに読める。事実初読の時はそのように読んでいた。 が、ファンタジーの部分を読み逃してはいけない。彼は死して怨念の霊と化し街を彷徨う。復讐の権化と化している。 アカーキーはただの聖痴愚などでは無かったのだ。
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