金枝篇(1)

岩波文庫

ジェームズ・ジョージ・フレーザー / 永橋卓介

1983年6月30日

岩波書店

836円(税込)

人文・思想・社会 / 文庫

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lutece

(無題)

starstarstarstar 4.0 2021年07月10日

原書はおそろしく浩瀚であり、1936年出版の補遺付き最終決定版は13巻あるというが、この翻訳本は簡略版1巻本の訳だけれども、文庫本にして5冊の大部。 主題はネミ(イタリアのどこか)で行われていたディアーナ(ダイアナ)信仰にまつわるある特殊な習俗の分析で、この女神の祭司は職の継承時に後継者によって殺されるという。この祭司は祭司であるだけでなく、「森の王」の称号も冠していて、俗的権威の長たる王であると同時に、超自然的力の顕現として神の受肉した姿としても捉えられている(霊的権威)。 この祭司王=神の弑殺というテーマの分析のため、未開民族の慣習という民俗学的例から、古代の宗教分析という歴史的例までトピックは多岐にわたる。博引傍証も結構だけれど、例が多すぎるため読み手の側としてはヒイコラだが、例証の多さはこの本の美点でもあるのでなんともいえない。 マレーの『魔女の神』もこの議論にはすこぶる啓発されているらしく、最終章の神の生贄=死ぬ人神の分析(具体例としてはトマス・ア・ベケット、ジャンヌ・ダルク、ジル・ド・レーなどが挙げられている)は本書の変奏とさえいえる。 訳文がときに少々硬くぎこちないが、それでも原書の味わいをうまく伝えているように思う(原文未読なのであくまで予想)。エッセイの体裁をとりながらも、物語的面白さのある良書。ときに議論はいささか胡乱であり、牽強付会の観もなくはなく、やや説得力に欠けるが、それでも古典中の古典の地位には揺るぎないものがある。 近年、ちくま学芸文庫から二巻本の新訳が出ており、しかも岩波版では省略されている参考文献表もついているらしいので、そちらのほうが読みやすいかもしれない。

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