
家守
角川文庫
歌野 晶午
2014年7月25日
KADOKAWA
748円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
何の変哲もない家で、主婦の死体が発見された。完全な密室状態だったため事故死と思われたが、捜査のうちに30年前の事件が浮上する。歌野晶午が巧みに描く「家」に宿る5つの悪意と謎ーー傑作推理短編集!
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落ちどころがつかめない
【家をめぐる変奏曲】 「転居先不明」 誰かの視線を感じる。 いつも誰かが見ている。 周りの、目、目、目、目。 田舎から東京に引っ越してきた夫婦。 妻が誰かに見られている、と言い出した。 理由はわかってる。だが、あえて言わなかった。 だんだん見られていることに不安を覚えていく妻。 ちょっとした悪戯ゴコロが働いた。 桜が舞い散るころ、ちょうど嘘をつくにはいい季節だった。 夫が仕掛けた悪戯は、見られているのはこの家で犯罪があったからだと嘘をついた。 五年前の一家残虐殺人事件。 ご丁寧にも雑誌の記事まで見せつけて。 見られているのは、事故物件に住んでいる酔狂な夫婦だと思われているからだ。 そう吹き込んだ。 上手くいけば、妻は実家に帰ってくれるかもしれない。 妻がそばにいるのは楽だけれども、一人の自由が欲しかった。 勝手に妄想して恐怖し、この家は嫌だと出て行ってくれたらいい。 それがどういうことを引き起こすかもあまり深く考えないで。 プロバビリティーの犯罪、というのがある。 probability とは「ありそうなこと」という意味。 数学や哲学的には「確率」「蓋然性」と訳される。 たとえば、すごく恨んでいる人物がいるとしよう。 お酒好きなら、一緒に寿司屋に行く。相手が車で来ているのを知りながらガンガン飲む。すると相手はこらえきれずにこちらが勧めたわけでもないのに飲んでしまう。それで車を運転し、事故で死んでしまうかもしれない。死ななくても、人をはねてしまうとか、警察の検問に引っかかるとか、その後の人生を狂わすかもしれない。 銭湯好きなら、銭湯で一緒になったときに、こういう手もある。相手が髪の毛を洗っている間に、石鹸を足の下に落としておく。洗い終わって立ち上がったときに、石鹸を踏んでバランスを崩して、タイルの床に頭を打ち付けて死んでしまうかもしれない。踏むか踏まないか、踏んだ後ひっくり返るだけか、踏んだ後頭を打つか、打ち所が悪いかどうかは、神のみぞ知る、である。 「うまくいけば儲けもの、失敗しても疑いがかからないので問題なし」 成功率は低いが罪が発覚する率も極めて低いという消極的な計画犯罪。 それがプロバビリティーの犯罪である。 運を天に任せた犯罪。 お粗末な犯罪と侮るなかれ。行き当たりばったりとか無計画とは違うのだ。 巧妙で狡猾な、ある意味一番たちの悪い犯罪である。 この「転居先不明」はこのプロバビリティー犯罪を皮肉った、落ちどころがそこにいくのか!?と、最後に笑うのか嘆くのか、それは読んだ人の立場によって変わる物語である。最後どうなったのか。それは、神のみぞ知る、なのである。
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