なぎさ

角川文庫

山本 文緒

2016年6月18日

KADOKAWA

748円(税込)

小説・エッセイ / 文庫

故郷を飛び出し静かに暮らす同窓生夫婦。夫は毎日妻の弁当を食べ、出社せず釣り三昧。行動を共にする後輩は、勤め先がブラック企業だと気づいていた。家事だけが取り柄の妻は、妹に誘われカフェを始めるが。

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Readeeユーザー

(無題)

-- 2018年01月19日

何事かを始める時に終わりを想定して始める人と、始めた事がずうっと続くと単純に思い込んで始める人と、仮に2種類のタイプがあるとすれば自分はどちらに属するか考えた事がないだろうか。僕は間違い無く後者である。深い考えも無く、やりたいから始めた事の後始末に今でも苦しんでいる事を考えると、余り賢いやり方とは思えない。世間で成功を収めるのは、前者のタイプである。昔から言うではないか「戦争は始めるのより、終わらせる方が数倍難しい」と。 冬乃と菫の姉妹は対照的な性格であった。姉の冬乃は穏やかで人の良さが体の隅々まで現れている。人生に対して保守的というより、むしろ臆病といった方が正鵠を得ているだろう。不器用な生き方しかできないタイプである。これに対する妹の菫は10代で漫画家デビューするほどだから、眼から鼻に抜けるすばしこい性格だ。割り切ったり人を切り捨てる事を割合平気でできるタイプである。実際にはそんな単純な事ではないので、作者は1人の人間を分解して分かりやすく表現しているのかもしれない。 この小説は複雑で得体の知れない人間を、延々と描き続ける。特別なメッセージも衝撃も何もない。ところで、私たちが1日で1番多くの時間を費やすのは仕事である。元々生活の糧を得る手段に過ぎない仕事が生き甲斐になったり、ブラック企業を生み出したり、社畜化したりと、仕事と人間の関係も複雑である。現代日本では普通に働き、普通に生活することが難しくなってきている。死ぬほど働かないと人並みの給料はもらえないし、死ぬほど働けば人は簡単に壊れてしまう。そんな現実をこの作品は描いている。 仕事で疲れた心と身体を癒してくれたのは家庭であった。ところが、今や家庭はかつての機能を失い壊れてしまっている。冬乃は夫・佐々井の心がどこか遠いところに行ってしまった事を自覚していたし、佐々井は妻・冬乃に心を開こうとはしなかった。未来に希望を持って愛情に満ちた以前の家庭を変えてしまったのは、冬乃の両親であった。その両親も営んでいた町の電器店が家電量販店に押されてたたまざるを得なくなってから変わったのだった。ここでもやはり「仕事」が大きなファクターだ。 このように辛く哀しい現実がこれでもか、と描かれるが、救われるのは現実を逆手にとってマイペースで生きるモリの存在である。何かを暗示しているように思えるが、それがなんであるかはよくわからない。モリが油断ならない人間とするなら、もう1人、わかりやすい人物が登場する。市役所を定年退職した善良そのものの老人である。気さくで普通以上に親切だが、決して押し付けたりはしない。所ジョージを年取らせた感じ、との設定なので、地域社会でそれなりのネットワークを張っているのだろう。 僕が理想とする年寄り像は、藤村俊二と高田純次の中間ぐらいのイメージなので、この「所さん」は気になるところだ。

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