聖の青春
大崎 善生
2000年2月18日
講談社
1,870円(税込)
ホビー・スポーツ・美術
難病と闘い、死を見つめ、名人の夢ひとすじに生きぬいた。家族の絆、友情、そして心にしみる師弟愛ー。鬼才・村山聖、29年の魂の軌跡!小学校高学年から読めます。
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(無題)
将棋の羽生善治を知らない日本人はまずいないだろう。では、村山 聖(むらやま・さとし)はどうだろうか。端正で理知的な顔立ちと棋界初の7タイトル奪取の羽生の偉業に隠れて村山の知名度は今ひとつである。ところが、村山は羽生と同世代で、羽生をもおびやかすほどの実力を持っていたのだ。東の羽生、西の村山あるいは天才羽生、怪童村山と並び称されていたのである。本書は夭折した鬼才村山聖の伝記である。 聖は幼い頃に重い腎臓病(ネフローゼ)を患い、入退院を繰り返すなかで将棋に巡り会い人生を大きく変えた。ベッドの上で生活する聖の将棋は実戦ではなく、専ら書物で詰将棋を解くことや将棋の読み物を読むことに費やされた。しかし、彼の集中力は並大抵でなく、書物から吸収した知識は、退院した後、実戦でアマチュア4段や5段の大人も舌を巻くほどの威力になった。奨励会、プロ入り、さらにはA級入りと聖が目指す名人への階段を順調に登り詰めていくなか、過酷な運命が聖を襲った。腎臓病とは別にガンが発見されたのだ。手術を行い復帰し、名人位にあと一歩のところまで来たところでガンが再発、29歳での夭折であった。 今の世の中はサラリーマン化というか、一億総評論家というか、口先は立派な事を言うが、腹が決まってない小人物が当たり前になってきた。ひと昔前はどこの世界にも「専門馬鹿」がいたものだが、最近では損な役回りを嫌った為か、そんな人はとんと見受けられない。ところが、棋界には古くは坂田三吉から最近では枡田幸三、芹沢博文、米長邦雄と伝説上の人物ともいっていいほどの個性的な棋士が輩出されている。何故なら、この世界は勝ち負けが全てで、学歴も品格も二の次だからである。そう考えると聖もこの系譜に連なる棋士といえる。聖の両親は聖をネフローゼにしてしまったとの自責の念から、聖の望むものは全て与え聖は自分がやりたいと思うことしかしなかった。 その結果、一人暮らしを始めた聖の部屋には少女漫画とゴミが山のように散乱し、洗髪や散髪、手足の爪を切ったり洗顔や歯磨きといった身体を清潔に保つ事には全くの無頓着であった。プロ棋士を目指しているにもかかわらず聖の将棋盤は簡易型で、それはカップラーメンを食べるテーブルを兼ねていた。先輩棋士も含めて、聖に脈打つ気質というか心意気というか、精神性に流れ通うのは、社会性を否定して自己を主張する自由、言葉を変えれば無頼、いや、むしろ大人の世界が提供する秩序を、「嫌じゃ」と拒否する村山には、修羅といっても良いほどの激しさがある。そんな人間の存在は、すべからく小賢しい現代にあって、ひとつの問題提起をしているようでもあるし、一服の清涼剤でもある。
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