砂の王国(下)
荻原浩
2010年11月30日
講談社
1,870円(税込)
小説・エッセイ
作りだされた虚像の上に、見る間に膨れ上がってゆく「大地の会」。会員たちの熱狂は創設者の思惑をも越え、やがて手に負えないものになった。人の心を惹きつけ、操り、そしてー壮大な賭けが迎える慟哭の結末。
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(無題)
砂の王国と聞けば誰しもが「砂上の楼閣」という言葉を思い浮かべるだろ。脆くも崩れ去る王国とは、何を指しているのだろうか。日常の安定した生活か、山崎が作り上げた宗教団体か、あるいは心の中に在るのだろか。 箱庭療法は河合隼雄により日本に紹介された。彼は箱庭療法に接した際、欧米と比較して非言語的表現の多い日本の文化に適していると思ったという。箱庭療法とはカウンセリングや心理療法の一種で 簡単にいえば深層心理を目に見える形で表現する方法と考えて良い。箱の中にクライエントが、セラピストが見守る中で自由に部屋にあるおもちゃを入れていき、ジオラマを作り上げて行くのだが、かつて茂木健一郎が河合隼雄の研究室に通って箱庭を作った経験を踏まえて脳科学、心理学を語り合った本が面白かったことを思い出した。 さて、社会からドロップアウトしてホームレスと化していた山崎の逆襲は、宗教という名のビジネスを立ち上げることだった。ひとたびホームレスと化すと、才能や努力が一片の意味も無くしてしまう社会に対してであり、母親が狂信していた新興宗教への逆襲かもしれない。仲村を教祖に仕立て上げ、錦織にカウンセリングをやらせる。町の小さな集会場から始まった「大地の会」は、山崎の予想を超えて大きくなっていく。そういう中で木場は、次第に体調不良に悩まされるようになっていく。ホームレス時代の方が恐らく健康だっただろう。 宗教団体を作り上げて、結局誰が幸せになったのか。皮肉なことに、木場以外のほとんどの人間が幸せになっているのである。教祖に祀り上げられた大城も、伝説のカウンセラーである小山内も、そして「大地の会」に入信した多くの信者も。木場だけが、安住できない日々の中でもがいている。皮肉なものだ。 終盤で、物語は大きく転換し、木場はまたホームレスへと逆戻りしてしまう。人間の欲望は計り知れないし、集団は巨大化すれば制御不能なる。そんな当たり前のことを、本書は『ホームレス』と『宗教』という枠組みの中で描き出している。ホームレスという立場で社会を見なければ見えてこないものや、宗教団体がどんどん巨大化して形を変えて行く過程が実にリアルに描かれている。
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