震える岩
霊験お初捕物控
講談社文庫
宮部みゆき
1997年9月15日
講談社
764円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
ふつうの人間にはない不思議な力を持つ「姉妹屋」お初。南町奉行の根岸肥前守に命じられた優男の古沢右京之介と、深川で騒ぎとなった「死人憑き」を調べ始める。謎を追うお初たちの前に百年前に起きた赤穂浪士討ち入りが…。「捕物帳」にニュー・ヒロイン誕生!人気作家が贈る時代ミステリーの傑作長編。
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(無題)
短編集「かまいたち」の「迷い鳩」「騒ぐ刀」の2編に登場した不思議な力を持つお初を主人公にした長編である。霊験お初が活躍するこの捕物帖は、深川の十間長屋で死霊憑きの騒ぎが起こるところから始まる。吉次がある朝急死した。ところが葬式の仕度をしている時、生き返ったのである。 お初は午前様から町場の探索を共にやったらどうかと、与力見習いの古沢右京之介を預かることとなった。2人で町を歩いているとき、お初は油の中に女児が浮いている姿を見る。岡っぴきの六蔵が丸屋の油樽を調べてみるとそこには5歳ほどの女児が沈んでいた。その女児はおせんだった。 さらに、長次と呼ばれる男児が殺された。犯人は内藤安之介の死霊である。吉次は急死する前日、道光寺で墓石を倒していた。その墓石は99年前、火事によって亡くなった人のものだった。内藤安之介は犬を斬ったばかりに綱吉の生類憐みの令によって浪人となった。家族を抱え追い詰められた安之介は辻斬りにまで身を落としてしまう。そんな中、安之介は警護の武士を求めていた吉良家に仕官しようとしたが、吉良家に入り込んでいた赤穂の浪士に辻斬りであることを見抜かれ斬り殺される。狂った安之介は妻子を殺し家に火を放った。その妻の名はりえ、子の名はおせんと長の助。 本書において、お初以上に重要な役割を演じ、生き生きとした存在感があるのが古沢右京之介である。この与力見習いの若者は、卓越した推理力を発揮して、この事件の背後にある赤穂浪士の「義挙」に対する新たな仮説を開陳するのだった。それは「吉良殿が浅野殿を苛めたというのは、芝居のなかの話です。少なくとも、公式の記録には、そのような話は残っていない」とお初に語り、さらに赤穂浪士たちが「もとはと言えば、幕閥が、乱心の主君を乱心者として裁いてくれなかったがために、吉良に討ち入り、本来ならば忠義ともいえない忠義を通さなければならない身の上に追いこまれた人々だった」というものである。 ともあれ、スケールの大きな時代小説ミステリーである。時代小説に超能力を持ち込んでもリアリティーを失わない筆力、忠臣蔵に新解釈を加えた構成力には脱帽だ。私は本書と格闘したが、結局はねじ伏せられてしまった。降参せざるを得ない。
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