今朝の骨肉、夕べのみそ汁

講談社文庫

工藤美代子

2012年4月30日

講談社

607円(税込)

小説・エッセイ / 人文・思想・社会 / 文庫

焼け野原から復興し、一度は夢を共有した家族であったが、事業で成功した父は妾を連れて豪遊、母親は身障者の息子と娘二人を連れ別居。愛憎入り乱れた争いをしつつも、お互い支えあう父母。戦後まもなき東京、奇妙な両親たちと自分を描く、工藤美代子版“三丁目の夕日”。

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工藤美代子「今朝の骨肉、夕べのみそ汁」

本書は、ノンフィクション作家として著名で著作もたくさんある工藤美代子が、自分の「特殊な家族たち」を描いたノンフィクションです。 工藤美代子は、相当に稀有な環境で育ってきたと言っていいのではないだろうか。 父親は、「ベースボール・マガジン社」の創業者。母親は、後に工藤美代子がノンフィクションの題材として採ることになる「工藤写真館」の娘。父親がベースボール・マガジン社の創業者というだけでも相当なものだけど、著者の家族の特殊っぷりはそんなものでは収まらない。 本作の冒頭は、なかなか凄い場面で始まっている。 既にその時点で、著者の父と母は離婚していた。優秀な兄だけが父親と一緒に暮らし、著者と、優秀な姉と、そして障害を抱える「もっちゃん」という兄が、母とお手伝いさんと一緒に生活をしていた。 そこに、錦蘭子と名乗る恐ろしく美しい若い女性がやってくる。彼女は、著者を迎えに来て、それから父親と三人で会食をするのだ。 著者は、まだ幼い子供だったのだけど、すぐにピンときた。この錦蘭子という人は、父親の愛人なのだろう、と。 父親は、母親と離婚した後、再婚していた。公子さんという奥さんがいたのだ。 父親は、前妻である著者の母、後妻である公子さん、そして愛人である錦蘭子の三人とそれぞれうまい関係を築きやりくりをしていた、そしてそれを、特段隠し立てするでもなく、だからこそ娘である著者の目にも、奇異な場面が様々に映ることになる。父は、著者や姉が夏休みになると、公子さんと暮らす茅ヶ崎の家に二週間ほど二人を泊まらせたりもする。かと言って、父親が二人の相手をするでもない。著者の母にとっても、子供たちにとっても、父親の言うことは絶対で逆らえない。それが、既に「元」父親だとしても変わりはなかったのだ。 著者は、幼い頃自分が抱いていた父への思いを、こんな風に表現する。 『物心がついたときには、もう家にはいなかった父は、私にとってけっして親しい人ではなかったが、恋しい人ではあった。子供は父親を慕うものだと誰かから教えられたのか、それとも自然に湧き出た感情であったのかは、今でもよくわからない』 母はというと、父親とはこれまた奇妙な関係を続けていた。そもそも二人が離婚をすることになった直接のきっかけは、著者の推測によると、父親の母親(著者の祖母)であるセツにある。嫁姑の関係は相当に悪かったようだ。とはいえ、セツは親族の間でも疎まれているところがあったようで、セツは誰であったとしても上手くやっていくということは出来なかっただろう。著者は一度、セツの見舞いに行った時、女の恐ろしい嫌味の発露を目撃し(しかも、自らの存在がそれに利用された)、驚いたことがあると書いている。 そんなわけで、離婚してからもお互いに「情」はあったのだろう。週に一度は著者らが住む家にやってきていたし、母親に高価なプレゼントをすることもあった。母親も、父親が窮地に陥った際、苦渋の決断で家の権利書を父親に渡したことがあった。離婚してもう何年も経っている頃である。父親が亡くなった際の葬儀の場での母親の振る舞いも、非常に印象深い。 しかし一方で、母親は週に一度は爆発し、父親への恨みつらみをまくし立てた。子供の頃から著者は母親から、「あたしはね、あの男が死ぬまでは絶対に死なない。パパが死んだらお赤飯を炊くからね」と、ずっと聞かされ続けていたのだという。そのお赤飯に関する後々のエピソードも、哀しみの中に可笑しみが混じるような、生前の父親と母親の関係を象徴するような話で印象深い。 夫を兵隊に取られないように奔走したり、見知らぬ夜逃げ者を何ヶ月も自宅に匿ったりと、困っている人を助けずにはいられないバイタリティ溢れる母と、信念を持ってスポーツ雑誌を創刊し一代で中堅規模の出版社を育て上げた父親は、ともに気性が荒くアクティブなので、二人の結婚生活がうまく行くはずがなかった、と著者は書いている。しかし、離婚した後は、お互い信頼するパートナー的な存在となっていた。そしてそれは、父親が再婚したという事実や、父親に愛人がいるという事実ぐらいでは揺らがなかったようだ。現代でこそ、そういう自由な家族形態はそこら中に落っこちていそうだが、昭和の中頃にこれだけ奇特な家族があったのだなぁという思いで読み進めていた。 著者の兄弟も、なかなかバラエティに富んでいる。障害を持つ「もっちゃん」には、幼い頃相当苦労させられたようで、著者は一度母親にこんなことを言ったことがあるという。 『連日のように続くその騒ぎに、私は子供ながら疲れはてた。 「「ママ、もっちゃんを殺してみんなで死のうか」と泣きながら母にいった。 「もっちゃんでもね、もっちゃんでもね、生きる権利はあるのよ」』 離婚したばかりの頃は、父親からの養育費が3万円しかなかったようで(当時でどれぐらいの価値があるのかよくわからないけど)、しかも障害を抱えるもっちゃんもいて、母親は外に働きに出るわけにはいかなかった。そこで、自宅を下宿に改造し、それでどうにか収入を得ていたようだ。もっちゃんの話は、冒頭でちょっと出てきて以降は、時々顔を出す程度の扱いでしかないのだけど、それでも、もっちゃんのような子供と一緒に生活をする、というだけでも相当な苦労だっただろうと思わされる。 その一方で、父親と一緒に暮らしていた兄と、著者と一緒に暮らしていた姉は、すこぶる優秀だった。兄はニューヨークに留学、姉はたった15歳の時にハワイに留学する、と言った具合だ。子供の頃からそこまで仲良くなかった兄弟だったようだが、歳を重ねるに連れて、生活のレベルに格差がありすぎて、それまで以上に疎遠になっていくのだという。著者が自分で書いていることだからある程度差っ引く必要があるかもしれないけど、とにかく著者は出来の悪い子供だったそうだ。 あとがきで著者は、この本を書いたことで、父親への恨みつらみが流れてしまった、というようなことを書いている。そして今では、父親にしてもらった良いことばかりが思い出されて仕方ない、と続けて、ノンフィクション作家になった著者に向けられたこんな言葉を載せている。 『おまえが物書きになったから、俺のところにいろいろいってくる奴がいる。でも、俺は平気だ。おまえは好きなことを書け。俺が世間の風は受け止める。俺さえわかっていれば、それでいいことだ。』 父親はこんな風に人の心を掴むのが非常に上手かったようだ。タバコを毛嫌いしていた父は、新社屋を建てた際に全館禁煙にしてしまった。編集者にはタバコを吸う人が多かったから、これはかなり困ったという。どうしてもタバコを止めることが出来ない社員がいて、その社員を社長室に呼び出してこう言ったという。 『(現金を二十万円渡し、)なっ、おまえにこの金をやるから煙草はやめろ。口でいわれただけじゃやめられないだろうが、金を受け取ったらやめんわけにはいかんだろう』 そう言われた社員は煙草を止め、さらに非常に感激したという。 読めば読むほど、著者の父親である池田恒雄という人物の不可思議さが増していく。前妻・後妻・愛人と別け隔てなく接し、本業には最後の最後まで本腰を入れて挑み続けて会社を成長させ、かと言って自分自身のために金を使うことにはさほど興味はなかった。親戚の面倒を広く見て、また多くの人の心を掴む人心掌握術を持ちつつ、娘である著者には結局最後まで強い関心を抱くことがなかった。身近にこんな人がいたら、頼もしいかもしれないし、迷惑かもしれない。なんとも不思議な印象を抱かせる男である。そしてそんな父親のことを著者は、ある程度距離を置き、客観視しつつ、同時にある程度以上の親しみも込めつつ描き出していく。 もちろん、著者自身の話も描かれていく。非常にインパクトが強いのは、プラハでの出来事だろう。これは、この話だけでノンフィクションが一作書けてしまうのではないかと思えるほどの、なんというか凄まじい体験ではないかと思う。二度離婚をしたり、定職に就くわけでもなくぶらぶら適当な仕事をしていたりと、自分の汚点といえるだろう部分も率直にさらけだしつつ、工藤家と池田恒雄という、ねじ曲がった家族の有り様を描き出す。 どんな家族の元で育つのかというのは、その後の一生を左右する非常に大きな要素だろうと思う。僕は案外、著者のような家族の有り様を羨ましく思う部分がある。それは、「普通」を押し付けられない、という点にある。父親も母親も、著者に「普通」を押し付けることはなかった。逆に、二人があまりにも外れすぎているために、その二人を反面教師にするようなことさえあったのではないかと思う。だからこそ、自由な物の見方が、自由な考え方が出来る人になったのではないかと思う。「普通」に囚われることへの恐怖が僕には強くある。そして家族こそが、「普通」を押し付ける最たる存在だと思う。「普通」から外れまくった家族で育ったことは、人生において苦労ももたらしたことだろうけど、悪いことばかりではなかったはずだ。そういう意味で、ちょっと羨ましさを覚える。 昭和という時代を猛スピードで駆け抜けた人たちと、それに振り回された人々が描かれる作品です。改めて、家族というのはどんな形でも取りうるのだな、と考えさせられました。是非読んでみてください。

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