真昼なのに昏い部屋

講談社文庫

江國 香織

2013年2月28日

講談社

616円(税込)

小説・エッセイ / 文庫

軍艦のような広い家に夫・浩さんと暮らす美弥子さんは、「きちんとしていると思えることが好き」な主婦。アメリカ人のジョーンズさんは、純粋な彼女に惹かれ、近所の散歩に誘う。気づくと美弥子さんはジョーンズさんのことばかり考えていたー。恋愛のあらゆる局面を描いた中央公論文芸賞受賞作。

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とも

(無題)

-- 2018年01月19日

昏い部屋とは、ヒロイン美弥子が恋愛に疎い事を暗に指しているのだろう。本作は人妻・美弥子がアメリカ人・ジョーンズと恋に落ちる不倫小説である。ジョーンズが住むアパートの一室は、陽当たりが良くない。日本びいきのジョーンズの愛読書は谷崎の「陰翳礼讃」である。だから、彼は光に満ちた明るい西洋的な部屋より、障子越しに差し込む薄暮の明かりを好む。本書の題名を、そんなジョーンズの精神世界を指すと考える事も可能であろう。しかし、ここでは「暗い」ではなく「昏い」を使っていることに注目しなくてはならない。「昏い」は不案内であるとの意味である。それでは、何に昏いのか?。美弥子は良家の妻女である。結婚前の恋愛経験は一回。男女関係に昏い美弥子を指すのは、もう明らかである。 もうひとつ、この作品が創り出す世界が何であるかを掴むには、表紙にあしらわれたゴヤの版画の意味を考えなければならない。ゴヤの版画集「気まぐれ」から「お前は逃げられまい」が使われている。スペイン語のカプリチョスには、気まぐれという意味のほかに自由という意味もある。ゴヤは、この意味の二重性を活用して、一見気まぐれに描いたように見せながら、自由で曇りのない目で世界を風刺しているのである。そして、本書の作者も一見気まぐれのように始まった恋が、やがて美弥子が男の呪縛からの自由を勝ち取るという二重の意味を与えているのである。ゴヤの絵は、本作の内容に見事にマッチしている。いや、そうではなく、作者はゴヤの絵から本作の着想を得たに違いない。 本作に登場する対照的な男2人は、実に醜く描かれている。1人目は夫・浩。浩は祖父の代から続く会社の社長である。自宅は軍艦のような豪邸である。浩は典型的な日本のおじさんである。つまりは、俗物って事。だから、妻は自分の従属物と思っているし、妻が何を考えているか知ろうともしない。そんな、浩の醜さと滑稽さは、美弥子とジョーンズとの交際を知った時の行動に如実に現れる。美弥子が家を出てひとり取り残された浩は、不自由と寂しさの中で、何も言わずに美弥子を「許そう」と思うのだった。男の身勝手と思い上がりはここに極まれりである。 一方のジョーンズはといえば、テキサスの大富豪の娘と結婚して3人の子供を設けたにもかかわらず、テキサスの水が合わないとの理由で家族を放り出して日本に逃げ出してきた男だ。どうしてテキサスが嫌いかと言えば、テキサス男が「俺の可愛いハニー、絶対離さないぞ」なんて言うのを聞くと虫酸が走るのだ。彼は口が裂けてもこんな台詞は口にしない。あるいはパートナーが嫌がる自分勝手なセックスはしないほどの紳士性は持ち合わせている。細やかな心配りはできるし、大学の教員でもあるのだから知性的ではある。つまり、浩よりは上等な人間とは言えるだろう。しかし、ジョーンズは幾つになっても「青い鳥」を探し歩く少年だ。満足を知らない男なのである。美弥子との激しい恋愛感情が収まると、彼女が小鳥に見えなくなっていた。きっと次の青い鳥を探し始めたのだろう。 美弥子はジョーンズと巡り会って、男の身勝手さと思い上がりに気がついた。だから、自立した自由を手に入れようと、2人の元から外の世界に旅立ったのである。

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