薔薇を拒む
講談社文庫
近藤 史恵
2014年5月31日
講談社
649円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
施設で育った博人は進学の援助を条件に、同い年の樋野と山奥の洋館に住み込みで働き始める。深窓の令嬢である小夜をめぐり、ふたりの想いは交錯する。洋館に関わる人物の死体が発見され、今まで隠されていた秘密が明るみに出た時、さらなる悲劇がー。気鋭の作家が放つ、最終行は、読む者の脳を揺さぶり続ける。凄絶な青春ミステリー!
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(無題)
和歌山の山奥、湖畔にポツンと建つ洋館。血の繋がらない美貌の母娘と彼女らの世話をする使用人が暮らす。こんな風に語られだしたら読者は、直ぐに謎の殺人事件を想像するに違いない。本書において作者は期待を裏切ることはない。ある朝、湖に浮かぶボートに死体が発見された。この物語、そもそもの発端からが謎に満ちている。主人公は施設で育った内気な少年・博人。大学進学の援助を得るため、同い年の樋野と陸の孤島にある屋敷で働き始めた。この館の主人・光林はなぜ二人の少年に援助しようとするのか。妻と娘をなぜこんな不便な山奥に住まわせるのか。娘を学校にも通わせないのはなぜか。ちょっと考えただけでも疑問は次々と浮かんでくる。 ここで改めて登場人物を紹介しょう。光林の妻・琴子と娘の小夜、そして館の一切と取り仕切る中瀬。琴子と中瀬は不倫関係にある。次いで小夜の家庭教師のコウ。コウは琴子と幼馴染で密かに想いを寄せる。それから住み込みのお手伝いの登美と、通いの弥生である。そして樋野は少女5人を惨殺した父を持ち、自分にも父と同じ血が流れるている、との悩みを抱えているのだった。博人にも触れて欲しくない過去があった。施設で兄妹のように育った奈緒の不審死である。博人が奈緒の不審死に関わったのではないかと、警察に疑われたのだった。中瀬が湖に浮かぶボートの中で殺されていた。犯人が見つからないまま、今度はいつも小夜のそばにいたクレートデンの桃子が行方不明になった。犯人が次の行動を起こすのに桃子が邪魔だったのだ。 さて、本書は殺人事件の謎を追うミステリー仕立てとなっているが、著者の執筆意図は男女の愛憎劇を描くところにあるのではなかろうか。こう推察するにはそれなりの根拠があってのことである。それは書名である。タイトルは本の内容を端的に言い表しているものである。では本書のタイトル「薔薇を拒む」とはどういう意味があるのだろうか。それを理解するには、本書中に出てくるフランスの古い詩「澄んだ泉で」の内容を知る必要がある。この歌はナイチンゲールのさえずりに、昔の失恋を思い出す情景を歌ったものだ。その4番の歌詞は次のようなものだ。 僕は恋人を失くしたんだ 彼女に値するほどにもなかった 僕が彼女にあげることを断った バラの花束のために… きみを愛して長いことたつが 決して君のことは忘れない 赤い薔薇には、死ぬほど恋い焦がれている想いが込められている。《僕》は赤い薔薇の花束を彼女にあげることを断った。何故なら《僕》は彼女に相応しくなかったからだ。事件から10数年後の博人の心境がこの歌に託されているのだ。内気でできれば人付き合いを避けたい博人が実は、打算的で俗物であったことが明らかになったのだ。
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