乱

本作は、天草島原の乱を描いた作品。 主人公の野生児であり孤児の"虎"、一般的に首謀者とされる天草四郎、そして事実上、時の最高権力者である老中 松平信綱。この三人の目線から物語は動いていく。 読了後まっさきに押し寄せてくるのは、なんとも無情でやるせない感情だ。 島原の乱がどうなったかの通り、虎・天草四郎は報われず、松平信綱も自身の先の死を憂う。 報われない世の中で必死に生きた人間の無念の感情に囚われそうてしまいそうになる。 まずは、虎。彼は幼くして父母を亡くし、山の中で一人で生きてきた。山で一人で生きる以上、言葉は必要なく自分の名前さえ不要になる。そんな虎は、たまたま出てきた人里で捕えられ、天草四郎に出会う。 ここから虎の運命の歯車は回りだす。 一方で、天草四郎は、父たちの言いなり状態であった。父らは小西家の遺臣であり、徳川の世に抗う。そのために、キリシタンという民百姓を利用する。キリシタンの教えは、「奪うな殺すな」。キリシタンを心から信奉する四郎は、キリシタンを利用する父に、歯向かいたいが、なにも言えない。そうして、四郎は鬱々とした気持ち自分の中に溜め込んでいく。 打って変わって幕府側。三代将軍家光の治世の中、事実上の政を差配する権限を持っているのが、老中松平信綱であった。彼が興味を持つ柳生宗矩がこぼした天草での民による蠢動。 大名の統制が完了したが、民の統制は完了していないと感じる信綱にとって、これほどの好材料はなかった…。 本来、体制側というのは、万が一の可能性がある「乱」を望まない。 対して、抑圧されている民衆は、生活の改善要求のために行われてきたことは歴史上もしばしば。 徳川の治世前半に起きた最大の反乱である島原の乱。これは、本来「乱」を欲しないはずの幕府が焚き付け、本来「乱」を望むはずだった民衆側の四郎は、最後まで「乱」を望まなかった。 そして、ここに獣から人になってゆく過程を歩む"虎"による、きらめくほど純粋な感情表現が読者の胸を締め付ける。 動かされた民衆の深い哀愁、深い悲しみを克明に描いた作品。

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