大友二階崩れ

本作は、大友宗麟が世に出た二階崩れの変を舞台に、「義」と「愛」を貫いた吉弘兄弟の生きざまを描く。 登場人物の名前がややこしくはあるが、解説にもある通り、テーマは「義と愛」であり、義の鑑理（兄）と愛の鑑広（弟）と担う人物がすっきり分かれており、ストーリー展開は非常に入ってきやすい。「義」を担う鑑理の周りには、その義に感銘を受ける紹兵衛が、「愛」を担う鑑広には妻楓が、それぞれストーリーに彩りを加える。 また、戸次鑑連、角隈石宗もいい味を出している。 全体のストーリーはこうだ。 当主義鑑のもと、鑑理を中心に絶大なる信を得ていた吉弘家。しかし、義鑑の偏愛により、家督継承問題が勃発。主への義を生き甲斐とする鑑理は、義鑑の命を受け、やむなく義慎（後の宗麟）を幽閉しようとする。しかし、義慎はそれを読んでおり、義鑑が討たれ、義慎が当主になり、吉弘兄弟の立場は一変する。 政変による疑心暗鬼、先の見えない不安に、先主への義理。様々な慟哭が第一章に描かれる。 「鑑理はふと義鑑が天の星になっていまいかと夜空を見上げた。が、落ちてきそうな曇天には、星ひとつ輝いていなかった。86」 「ならば誰かが、先主の誇りを守らねばならぬ。93」 「義を貫いて滅びるが乱世の宿命なら、吉弘はそれでも構いませぬ。106」 一方、第二章では「愛」を担う弟鑑広の20年前のエピソードが描かれる。当時星野家を攻め滅ぼす折、先走り傅役を亡くした鑑広。自信の無謀なやりかたを反省しつつも、あまりにも無惨な城攻めの光景に若き鑑広はこう思う。 「星野ゆかりのものでなければ、せめて命くらいは救えまいか。生きておればまた、笑える時が来るやも知れぬではないか。139」 その後、星野一族の姫と子供たちを引き取った鑑広は、姫を自分の妻に迎えるべく、足しげく姫へ求婚を行う。 「大友、吉弘と星野の間にある積怨の淵を幸せで埋め尽くすんじゃ。その上に天まで届く幸せの山を築いてゆこうぞ。152」 第三章で舞台は、政変後に戻る。タイトルは「一本道」。ここまで描かれた「義と愛」の間で兄弟の相克が描かれる。 「吉弘兄弟は守りたいものが違っていた。鑑理は義を、鑑広は愛を守ろうとしていた。鑑理の貫かんとする義が吉弘を滅ぼすなら、兄弟の利害は決定的に対立する。186」 この兄弟相克も、紹兵衛の暗躍、そして何より義を重んじる兄鑑理への鑑広の愛により、この苦難をも吉弘兄弟は乗り越えるのだ。 「吉弘家は目の前のいっぽんみちを歩む。軍司紹兵衛に嫡男鎮信、実弟鑑広主従を中心に、吉弘家は鑑理のもとで一枚岩となった。義を貫かんとする正しき者たちを天が見捨てようか。232」 第四章では、兄弟相克を乗り越えた吉弘兄弟へさらなる試練が待ち受ける。タイトルは「反転」。読むと分かるが、これ以上ないタイトルだ。なんとしても功を挙げ貢献せねば改易になりかねない吉弘兄弟は肥後出兵に参陣。兄弟は、ともに阿蘇付近を行軍する義慎の護衛隊として進軍する。200の兵とともに殿を担う鑑広に敵軍が夜襲をかける。圧倒的多数の兵に囲まれる鑑広だが、兄の援軍を信じ踏み留まって戦う。その兄、鑑理は弟をいざ助けるという段で義慎の本陣兵に近づく他の敵軍を察知する。 義慎を助けに向かわば弟が死に弟を助けば義慎が死ぬ。 この反転の決断やいかに。 「迷うておる暇はない。右近（鑑広）なら、必ずやわが意を解してくれよう。274」 鑑広は敵中に孤立してゆく。やっと逃れられる段まで来たが、後ろには敵に捕まっている近習が。その近習はかつて自分を救ってくれた傅役の孫であった。討ち死に覚悟の鑑広が最期に悔やむのものは、言うまでもなく何よりも誰よりも愛した妻楓であった。 「鑑広は死など微塵も怖れてはいなかった。眠るのと別段変わりないと思っていた。ただ、楓との別れがつらくてしかたなかった。282」 最終章では、鑑連の手土産というタイトルで、吉弘家処断の顛末が描かれる。ここまで度々描かれる鑑連だが、これまでの描かれかたを全く崩さず、さらに一段と引き立てられる。 ぜひさいごまで読了いただきたい。 この後、義慎の息子の代で、大友は滅びる。 （匂わせる一文がこの小説を締めくくる） が、例えそう分かっていたとしても、この吉弘兄弟は、それぞれの「義」と「愛」に、その生涯を捧げたのであろう。 安っぽい量産型の「義」と「愛」ではない。 何よりも、どんな状況でもそれを貫き続けることの苦しさ辛さを、真っ正面から描いた。そして、その苦痛から逃げ出さず立ち向かっていった誉れある兄弟の物語である。

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