太平洋食堂
柳 広司
2020年1月24日
小学館
1,980円(税込)
小説・エッセイ
「目の前で苦しんでいる人から目を背けることは、どうしてもできん」一九〇四年(明治三十七年)、紀州・新宮に西洋の王様がかぶる王冠のような看板を掲げた洋食屋「太平洋食堂」が開店した。店の主人は「ひげのドクトル(毒取る)さん」と呼ばれ、地元の人たちから慕われていた医師・大石誠之助。アメリカやシンガポール、インドなどに留学した経験を持つ誠之助は、戦争と差別を嫌い、常に貧しき人の側に立って行動する人だった。やがて幸徳秋水、堺利彦、森近運平らと交流を深めていく中、“主義者”として国家から監視されるようになった誠之助に待ち受ける運命とはー。ドラマチックな筆致と徹底した時代考証が融合した超近代的歴史長編誕生!
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(無題)
大逆事件、または幸徳事件と言われる幸徳秋水をはじめとする社会主義者、無政府主義者が明治天皇の暗殺を企てたとして大量に処刑された大事件があったことは記憶の端っこにあったけれども連座して処刑された和歌山は新宮のお医者さんが主人公。ほんとよくこういう人を見つけてくるもんだな、と感心。日本史の教科書に処罰された人の名前は載っていたはずなんだけどだいたいは幸徳秋水の名前くらいを試験用に覚えてお終い、という感じじゃないかな。少なくとも自分はそう。本作の主人公は同志社英学校からアメリカに留学したお医者さんでシンガポール、インドでも学んという。江戸時代に産まれた人がすでにこういう経歴で特に教科書に載るでもなく、ということにまず感心する。和歌山は新宮というのは特殊な街でその昔は熊野大社の門前町としてまた紀伊半島の木材の集積と出荷で栄えた街で陸伝いにはアクセスが悪いけれど船だと的さえ外さなければ江戸まで直接行けてしまうし大阪や名古屋にも比較的楽にアクセスできてしまう。主人公の時代にも東京まで行くのに名古屋までまず船で行きそこから電車で東京、というルートで移動している。本作は大逆事件がいかに言いがかりやでっち上げの酷い事件であるか、ということと、この時代には珍しく開明的な思想を持つ男の生き様、の2つが大きなテーマとなっている。非常に興味深い内容で面白く読んだけれど個人的には(本作ではあまり触れられていないが)豪商の息子であるが故のあまりにも恵まれた生い立ちによる道楽のはての社会主義者一代記、という気もした。ほんとに面白かったんだけど。
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