霧 ウラル

桜木 紫乃

2015年9月24日

小学館

1,650円(税込)

小説・エッセイ

国境の街・北海道根室。有力者の娘・珠生が恋に落ちたのは、北の海の汚れ仕事を牛耳る相羽組の組長だった。

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ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

(無題)

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0
2020年01月16日

みんなのレビュー (1)

Readeeユーザー

(無題)

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4.6 2018年02月10日

霧と書いてウラルのルビが振られている。アイヌ語である。北海道にはアイヌ語由来の地名が多い。本作の舞台・根室もアイヌ語のニムオロに漢字を当てたもののようだ。近年、にわかに観光名所になった竹田城。霧に浮かぶ天空の城の写真が一躍人気観光地に押し上げた。この例からも分かるように、霧は人にロマンチックな気分をもたらすようだ。竹田城が霧に浮かぶ風景を目にすることができるのは、僥倖にめぐりあうほどに稀なようだが、春から夏にかけて釧路や根室の道東に濃霧が発生するのは日女茶飯事だ。旅の1日、ホテルで聴く霧笛の音は旅情をいやがうえにも盛り上げる。しかし、そこに住む人間には、霧は薄暗く鬱陶しいものだ。 霧が立ち込めた野付半島の夜明けが本作の主人公・珠生に生き方を決定付けた。恋に落ち相羽とともに生きることを決心したのだった。昭和35年の根室と言えば、今からは想像もつかないほどの繁栄に満ちた町であった。街に潤いをもたらしたのは水産業であった。珠生はこの町のトップ企業・河之辺水産社長の次女に生を受けた。普通であれば、五月晴れの青空のような将来が待ち受けているはずだった。しかし、珠生は15歳で家を出て芸者の道を選んだ。その選択を促したのは、珠生の人生に鬱陶しく立ち込める霧のような母の存在であった。彼女の母は娘が思春期を迎えて娘から女へと成長するのを素直に喜べなかった。娘の幸せを喜べない母親の心理の裏に夫への不満があるのを想像するのは難く無い。 旧ソ連の実効支配によって豊かな漁場を奪われた根室の漁師は、ソ連による拿捕の危険を冒して荒ぶる海に出漁した。日本側の情報入手と私欲を満たしたいソ連官憲の黙認があったからだ。我が国の法を犯し、ソ連による拿捕・抑留の危険を押してまでも出漁するのは、北の海の豊かな海産物がもたらす莫大な富が約束されていたからだ。こうして形作られた闇の世界にも、イヤ法の支配が及ばない世界だからこそ強力な秩序が求められる。私たちの歴史は、そこにボスと称される人間の存在がある事を教えてくれる。相羽はいつの間にかそんな存在になっていた。 珠生に相羽組姐さんの貫禄がつき始めたのは、相羽に4人目の愛人がいる事を知った頃からであったか。裏の世界に住み、危険を顧みないのは、生に対する執着が薄いからかもしれない。今でこそ根室で隠然とした力を蓄えた相羽であるが、元を質せば国後島から流れ着いた漂着の民である。故郷を失った男は人生への無関心を時折見せた。相羽とはそんな男である。相羽と寄り添って生きるには、どんな出来事でも静かに受け容れるある種の鈍感さが求められる。 いつか来るかも知れないと恐れていた事態であった。それは、あっけなく訪れた。物語であれば、キリの良いところで終わらせる事もできる。しかし、人の営みは生きている限り続けなくてはならない。珠生はまた決断を迫られる事となった。珠生が鬼として生きる決意を固める舞台に選んだのは、相羽とともに生きる事を決断した野付半島であった。

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