起終点駅(ターミナル)

桜木 紫乃

2015年3月6日

小学館

660円(税込)

小説・エッセイ / 文庫

鷲田完治が道東の釧路で法律事務所を開いてから三十年が経った。国選の弁護だけを引き受ける鷲田にとって、釧路地方裁判所刑事法廷、椎名敦子三十歳の覚醒剤使用事件は、九月に入って最初の仕事だった(表題作「起終点駅」)。久保田千鶴子は札幌駅からバスで五時間揺られ、故郷の天塩に辿り着いた。弟の正次はかつてこの町で強盗殺人を犯し、拘留二日目に自殺した。正次の死後、町を出ていくよう千鶴子を説得したのは、母の友人である星野たみ子だった(「潮風の家」)。北海道各地を舞台に、現代人の孤独とその先にある光を描いた短編集を、映画化と同時に文庫化!

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3.7 2018年02月10日

春遅い北国の植物たちは、遅れを取り戻すかのように一斉に咲き誇る。生命の爆発を思わせる花々が咲き誇るターミナル駅には、軽い装いをまとった年若い女性がひとり。ロマンチックで旅情あふれる物語が始まる予感に満ちた表紙イラストである。その印象は「おや、桜木紫乃は作風を変えたのかな」と思えるほどだ。事実、第1話「かたちないもの」の舞台は道東の釧路ではなく道南の函館である。道東に住む道産子は函館の住民に異質なものを見る視線を注ぐ。同じ北海道でもそれほど、風土や気質が違うのだ。また、登場するのは東京の大手化粧品会社で働くキャリアウーマンである。しかも正ハリスト教会のイケメン牧師まで絡んでは、物語の雰囲気は決まったも同然である。アラフォーの真理子の相手は、15歳年上の竹本であった。真理子は古い恋の精算に函館を訪れたのだった。真理子の口から語られる恋の物語は、竹本の帰郷で突然終わりを告げた。それから10年、竹本の死を知った真理子は、竹本との恋を精算するために函館山の麓、外人墓地に立っていた。10年の時の経過は、気持ちに踏ん切りをつけるに十分であったが、真理子が抱いた謎は解けないままであった。大手化粧品会社の役員を目前に竹本は、何故帰郷を決めたのか。そして母親の介護に費やした10年間、竹本が孤独を選んだ理由は何処にあったのか。この物語は一見、真理子を描いているように見えて、実は竹本の死と孤独を描いていたのだった。 本書の書名「起終点駅」にはターミナルとルビが振られている。ターミナルとはターミナル駅の事ではなく、ターミナルケアのターミナル、人生の終焉だったのだ。本書には6編の短編が収録されている。言葉を変えれば、6人の人生の最後が描かれている。人生の終焉を描く事は、その人の人生を描く事に等しい。ターミナルの迎え方は、ひと様々である。ところが、ひとつだけ共通している事がある。たった一人で死んでいく事だ。つまり、人生の終焉を描く事は人間の孤独を描く事と言い換える事ができる。 家族との絆を断ち切り、音信不通だった息子が差し伸べた手も振り払って、凄まじいまでの孤独を選んだのは、表題作「起終点駅」の鷲田完治である。弁護士の鷲田は、覚醒剤事件の被告・敦子の国選弁護人となって、敦子の人生に思いがけず立ち会うことになる。年若い敦子と老いた鷲田の恋とも言えぬ心の通い合いは、ほのぼのとした空気を漂わす。しかし、鷲田はかつての恋人対する罪を償うかのように、止まったままの時間を生きている。人生への悔恨を背負い、人間のずるさ、汚さを内包したまま、孤独に耐えているのだった。 ストイックなまでの鷲田の孤独に対して、同じ孤独であっても、それを笑い飛ばして人生を茶化す爽快な不良老女が「たたかいにやぶれて咲けよ」の歌人・中田ミツである。ミツは「たたかいにやぶれて咲けよひまわりの種をやどしてをんなを歩く」と恋愛を詠んだ。エロスの歌人・ミツは私生活でも奔放であった。姉の夫を愛人としていたのだ。さらにミツはターミナルが近づくにつれ、世間を茶化す事を企んだ。恋に生きた歌人に相応しい企ては奏功し、非道徳と非難が殺到した。それを見たミツは、死んだ後も笑い続けるネタの仕込みに成功した事を確信した。そんな悪企みが、周囲に幸せをもたらすだけにミツの最後は見事だ。

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