晴天の迷いクジラ

新潮文庫

窪 美澄

2014年6月27日

新潮社

737円(税込)

小説・エッセイ / 文庫

デザイン会社に勤める由人は、失恋と激務でうつを発症した。社長の野乃花は、潰れゆく会社とともに人生を終わらせる決意をした。死を選ぶ前にと、湾に迷い込んだクジラを見に南の半島へ向かった二人は、道中、女子高生の正子を拾う。母との関係で心を壊した彼女もまた、生きることを止めようとしていたー。苛烈な生と、その果ての希望を鮮やかに描き出す長編。山田風太郎賞受賞作。

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長江貴士

書店員

窪美澄「晴天の迷いクジラ」

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0
2019年12月15日

みんなのレビュー (1)

Readeeユーザー

(無題)

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3.7 2018年01月25日

不思議な雰囲気を持つ小説でした。デザインといえば、華やかに映るイメージとは裏腹な低賃金、徒弟制の零細企業で睡眠時間を削って働き、疲労困憊のすえに心療内科に通う由人。そのデザイン会社の社長で、日夜資金繰りに喘ぐ野乃花。姉が赤ん坊の頃に病死したために、母親から常軌を逸した健康管理を強いられ、母親の干渉から逃げ出したいと願う高校生・正子。こんな三人が主役となって織りなす物語ですから、読者は先行きに後味の悪さを味わう予感がします。 そんな3人の共通点は、自分という存在を否定されてきた過去を持つ、ことです。まず、由人の母親は、愛情の表し方が極端に不得手な人といえます。病弱な兄を溺愛し、その兄が引きこもりになれば次は妹に過干渉し、その結果家庭は見る見る崩壊していきます。ぐれた妹は、私生児を生み、母の感心は孫へと移ります。 野乃花は少女時代、絵画の天才ともてはやされましたが、経済的な理由から画家になる夢は絶たれます。そして政治家の道楽息子と「でき婚」したものの、新家庭での野乃花の居場所はなかったのです。野乃花は我が子を捨てて、出奔するのでした。そして、母親から異常な束縛を受ける正子。常にアルコールティッシュを持ち歩き、子供の体温が一分違うだけで激しく動揺し、医者に「検査をしてくれ」と詰め寄る母親。そして正子が中学生になると、母親の干渉は健康に飽きたらず友人関係にまで及ぶのでした。 前進も後退もままならない人生の崖っぷちに立たされた三人は、自死を図ろうと考えるのでした。潰れた会社と人生を整理しようとしていた由人と野乃花は、テレビニュースで観た迷いクジラを見に行く事にしました。現実から逃れるように、あるいは人生最後の風景を目に焼き付けに行くような気持ちだったのかもしれません。道中、たまたま生気なく歩く少女・正子を見かけた2人は、正子もクジラ見物に誘い出すのです。リストカットを重ねていた正子も「大きい動物を見れば、少しは気が楽になれるではないか」と一縷の望みを託して車に乗り込むのでした。 3人の抜き差しならない人生とそれに伴う絶望感が、湾岸でもがくクジラの姿と絡みあっているようです。クジラを見たからといって、事態は何ひとつ解決しないし、彼らのすり減った心が元に戻るわけではないでしょう。勿論打開策が見つかるわけではありません。しかし、由人が野乃花のそばにいることで、野乃花が正子のそばにいることで心境に変化が生じるのです。それは死から生への180度の変化です。これは、なんなのでしょうね。3.11の被災者の絶望と心の傷の深さは、当人しかわからないでしょう。安易な同情ほどそぐわないものはありません。しかし、我々にもできる事がある事をこの小説から学びました。寄り添い共に涙する事です。そして、死は選ぶものではなく訪れるのを待つものなのでしょう。

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