ハンニバル戦争

佐藤賢一

2016年1月31日

中央公論新社

2,035円(税込)

小説・エッセイ

古代地中海の覇権をかけた壮大な物語が、今、幕を開けるー。時は紀元前三世紀。広大な版図を誇ったローマ帝国の歴史の中で、史上最大の敵とされた男がいた。カルタゴの雷神・バルにあやかりつけられた名はハンニバル。わかる、わかる、全てがわかる。戦を究めた稀代の猛将軍・ハンニバルが、復讐の名の下に立ち上がり、今、アルプスを超えた。予測不可能な強敵を前に、ローマの名家生まれの主人公・スキピオは、愛する家族と祖国を守りぬくことができるのか?『カエサルを撃て』『剣闘士スパルタクス』に続く「ローマ三部作」、堂々完結。

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3.6 2018年02月14日

私がアルプスの山々を始めて眼にしたのは、イタリアからロンドンに向かう機中からであった。眼下に広がる白い雪をいただいた山々美しさに息を飲んだものだった。美しさの裏にある厳しい気候を思った時、脳裏に浮かんだのは象を引き連れてアルプス越えをするハンニバル将軍の姿であった。 ハンニバル戦争とは第二次ポエニ戦役のことである。共和政ローマとカルタゴとの間で地中海の覇権を賭けて争われた一連の戦争をポエニ戦役と言う。ポエニとは、ラテン語でフェニキア人を意味する。紀元前264年のローマ軍によるシチリア島上陸から、紀元前146年のカルタゴ滅亡まで3度にわたる戦争が繰り広げられた。交易の民フェニキア人は紀元前12世紀から何世紀もの間、地中海世界の海上の主役だった。カルタゴは北アフリカにフェニキア人が建設した都市国家であった。現代の私たちの頭の中には、強大なローマ軍と豊かな古代ローマ帝国のイメージがあるが、この当時の共和制ローマはイタリア半島を統一したばかりであった。これに対してカルタゴは、北アフリカからイベリア半島を支配下に置く超大国であった。第一次ポエニ戦役ではシチリアが主な戦場となり、ローマが勝利し、シチリアを占領し最初の属州とした。第二次ポエニ戦役ではカルタゴのハンニバルがイタリア半島に侵入し、散々にローマを苦しめた。しかしローマは将軍スキピオの指揮によって逆襲し、カルタゴの近郊ザマの戦いでハンニバル軍を破り、カルタゴは再び敗北した。本書は第二次ポエニ戦役をスキピオの視点から描いたものである。 ハンニバルとはバル神の申し子のいいである。何故そう呼ばれるのか。もはや、神としか言いようのない智謀の将軍だからだ。神ゆえかどうから知らぬが、本書では生身のハンニバルは一度しか登場しない。いつ攻め込まれるか、ハンニバルの影に怯えるローマ市民や三度干戈を交えその度に九死に一生を得たスキピオの恐怖を通じて、ハンニバルが語られる。カルタゴは2度とローマに刃向わないように徹底的に破壊し尽くされた。従って、ハンニバルに関する資料は、敵側であるローマにしか残っていないはずである。にっくき敵将をここまで好意的に描く理由は、偏に戦略性に富んだ天才の魅力にある。 戦術・戦略の天才ハンニバルと凡将スキピオの闘いの帰趨は、ここで私が述べるまでもないだろう。織田信長がそうであったように、天才の出現は戦争の概念を一変させた。ハンニバルの戦術は、はっきりと敵の殲滅、虐殺を目的としていた。しかし面白いのは、いかに天才によって編み出された天下一品の戦術でも、凡才の努力がそれを凌駕する事がある。スピキオがハンニバルの戦術を学びつつ、スペインの敵地でそれを「実験」して勝利していく第二部に入ると、本書は俄然面白くなってくる。

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