「怖い絵」で人間を読む
生活人新書
中野京子
2010年8月31日
NHK出版
1,210円(税込)
ホビー・スポーツ・美術 / 新書
名匠ベラスケスの手による、スペイン・ハプスブルク家の王子の一見かわいらしい肖像画。しかし、その絵が生まれた“時代の眼”で見ていくと、人間心理の奥底に眠る「恐怖」の側面が浮かび上がる。悪意、呪縛、嫉妬、猜疑、傲慢、憤怒、淫欲、凌辱、そして狂気…。詳細な解説を付したカラー図版三十三点を読み解くことで見えてくる人間の本性とはー。
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(無題)
絵画芸術を扱うことで、上品に装ってはいるものの、この本の面白さは、女性週刊誌で芸能人のゴシップを読んで感じるのと同質のものなのではなかろうか。歴史上「陽の沈むことのない国」と呼ばれたスペイン王国繁栄の礎は、レコンギスタを完成させたイザベラ女王にあることは間違いない。最盛期には、ネーデルランドや南イタリアなどを属領とし、中南米やフィリピン、マカオ、マラッカ、ゴアおよびアフリカ大陸沿岸などの旧ポルトガル領などの海外植民地を版図に納めたのはフェリペ2世の在位中であった。繁栄を誇ったスペイン・ハプスブルグ家は、イザベラの娘ファナと神聖ローマ帝国の皇帝・マクシミリアン1世の息子・フィリップ美公の結婚を源とする。このスペイン・ハプスブルグ家の秘密をベラスケスの「フェリペ・プロスペロ王子」の肖像画から読み解こうとするのが、第1章の趣向だ。 ついで、ヴィンターハルタの「エリザベート皇后」では、シシィの愛称で親しまれた絶世の美女、皇女エリザベートのプライベートが語られる。他人の不幸は蜜の味の言葉通り、絶世の美女に生まれつきその上、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝(兼国王)フランツ・ヨーゼフ1世の皇后となったエリザベートの生涯は、予想に反して必ずしも幸せではなかった。さらにフランス革命で断頭台の夜露と化したマリー・アントアネットが取り上げられるが、ここで使用される絵画はダヴィッドの「マリー・アントアネットの最後の肖像」である。ここに描かれた彼女には、かつて「ロココの薔薇」と称された美貌と匂い立つ若さは微塵も残されていない。 さて、世界の三大美術館に数えられるプラド美術館は、膨大な収蔵量で知られるが中でもグレコ、ベラスケス、ゴヤがプラド三大巨匠と言われる。僕はゴヤの『着衣のマハ』、『裸のマハ』を見るのを最大の楽しみにしてプラド美術館を訪れたものだったが、その他『カルロス4世の家族』、『マドリード、1808年5月3日』、『巨人』を鑑賞できたのは眼福であった。ただ、この時「黒い絵」の代表作 『我が子を食らうサトゥルヌス 』に違和感を覚えたが、今日までそのままに放置していたのが、著者の解釈で納得できた。著者が主張するように、絵画鑑賞に予備知識は多少なりとも必要かもしれない。
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