ルポ消えた子どもたち

虐待・監禁の深層に迫る

NHK出版新書

日本放送協会

2015年12月31日

NHK出版

858円(税込)

人文・思想・社会 / 新書

一八歳まで自宅監禁されていた少女、車内に放置されミイラ化していた男の子ー。虐待、貧困、保護者の精神疾患等によって監禁や路上・車上生活を余儀なくされ社会から「消えた」子どもたち。全国初の大規模アンケート調査で明らかになった一〇〇〇人超の実態を伝えると共に、当事者二三人の証言から悲劇を防ぐ方途を探る。二〇一四年一二月に放送され大きな反響を呼んだ番組取材をもとに、大幅に加筆。

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とも

(無題)

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2.7 2018年02月14日

本書では、社会との接点をなくす事を「消える」と言い表している。子どもが接している社会といえば、保育所や学校が代表的なものだ。あるいは地域社会も取り上げなければならないだろう。不登校は本人の意思であるが、「消えた子ども」とは本人の意思に反して学校にこない子どもたちのことである。自宅周辺でも、学校に行っていない事が分かっていても見て見ぬ振りをする大人たち。こんな事が現実にあっていいのだろうか。親のネグレクト乃至虐待が招いた結果である。しかし、普通に考えれば、行政や学校あるいは地域社会のネットワークがセイフティーネットとして働いて、そんな子どもたちは速やかに発見されて保護されるはずである。ところが、現実はそうなっていない。例えば神奈川県厚木市のアパートの一室で斎藤理玖(りく)ちゃんが白骨遺体で見つかり、父親が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕され、実刑判決が下ったのは記憶に新しいところだ。理玖ちゃんは5歳で死亡して白骨化していた。発見されたのは中学進学年齢に達しても、行方が分からず捜索した結果だった。7年間も放置されていたことになる。 一方、認知症患者の鉄道事故に関する先の最高裁判決も世間の耳目を集めるものだった。これは、認知症患者が線路に立入り走行してきた列車にはねられたことにより、JR東海が遺族に対して、振替輸送費等の損害賠償を請求する訴訟である。地裁、高裁とも遺族に損害賠償を求めたが、最高裁はこれを覆して遺族の責任を認めなかったものである。認知症患者の行動の結果責任を家族に求める一、ニ審の判決は、法理論的にどうであるかは別問題として、多くの一般の人たちが抱く感情からは、かけ離れたものであった。だから、最高裁の判決が世間にホッとした空気をもたらしたように思う。 この2つに共通するのは保護責任である。保護責任を家族ばかりでなく、社会全体でシェアしようとするのが時代の大きな潮流ではないかと感じるのである。子育てを個人あるいは家族の個人的問題に留まらせずに、「子どもは社会の宝」との考え方を広げなくては少子化問題は解決しない。また、同様に認知症老人が地域社会の中で尊厳を持って暮らして行くには、家族介護のくびきを解き放つ必要があるだろう。ともに、時代が大きく変化する一つの象徴である。

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