風葬

桜木 紫乃

2008年10月9日

文藝春秋

1,430円(税込)

小説・エッセイ

拿捕、遊郭、マフィア…男女の欲望が交差する根室港。デビュー作で北海道に生きる男女の性を艶やかに描いた作者が挑む新感覚官能ミステリー。

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3.5 2018年02月27日

過去に事情のある母娘が2組登場する。この母娘、夫あるいは父親がいないので、世間的な幸せの中で生活しているとは言えない。その意味では他の桜木作品と同様な女主人公であるが、この作品のヒロイン・篠塚夏紀には不毛で荒涼とした道東の大地のような寂寥感は覚えない。凛とした佇まいが感じられらのだ。それは書道を生業としているからかもしれない。書の師であり母である春江は50歳代でアルツハイマーを発症した。夜間徘徊の症状が現れている時、春江の口から夏紀が聞いたのが「ルイカ岬」の言葉だった。この地名は後に母娘二人の人生の原点であることが明らかになる。アルツハイマーを自覚した春江は娘に迷惑をかけたくないと、サッサと施設に入所してしまう。一人残された夏紀は、自らの出自を何ひとつ知らされていなかった事に改めて気づくのだった。こうして夏紀のルーツ探しが始まり、母・春江が稀代の書家・志水一州の娘であり、一州の内弟子で新進気鋭の若手書家・藤川秋芳と駆け落ちしたことを突き止めるのだった。 もう一組の母娘は、桜木作品にいつも登場する貧乏で薄幸な女性である。ステップアップの意欲に全く欠け、ある種のだらしなさを漂わせている佐々木三代子、彩子母子である。三代子の内縁の夫はソ連に拿捕される。返された遺体には銃創があったにも関わらず、病死として処理されてしまう。父の死の真相を追う彩子であったが、願いを叶えることなく海に落ちて死んでしまう。 全く接点が無いように感じられる2組の母娘、過去に一度だけ接点があった。その接点に迫るキーワードがルイカ岬であった。根室市内の地図にも乗っていないちっぽけな岬である。だから所在地を探すすべもないが、この岬に誘う案内人が元校長の徳一である。徳一が赴任した中学校の入学式に欠席した生徒の家を家庭訪問したのが彩子との出会いであった。30年後、徳一の退職後の趣味が短歌である。涙香岬を読み込んだ歌を地元紙で見つけた夏紀は徳一と接触するのだった。初対面の徳一は夏紀の顔を見てハッとするのだった。 ルイカとはアイヌ語で橋のことである。また、アイヌには時代を下って明治になるまで縄文の葬送習俗・風葬が残っていた。アイヌは岬に何故「橋」と名付けたのだろうか。作者は「此岸と彼岸を結ぶ橋」と想像したのではなかろうか。だから、ルイカ岬は葬送の場所であると・・・。そう考えると、春江が全てを投げ打って愛した藤川秋芳との愛の結晶と、彼との愛を葬った場所がルイカ岬である事に意味付けが生まれる。

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