ポリティコン 上
桐野 夏生
2011年2月16日
文藝春秋
1,728円(税込)
小説・エッセイ
大正時代、東北の寒村に芸術家たちが創ったユートピア「唯腕村」。1997年3月、村の後継者・東一はこの村で美少女マヤと出会った。父親は失踪、母親は中国で行方不明になったマヤは、母親の恋人だった北田という謎の人物の「娘」として、外国人妻とともにこの村に流れ着いたのだった。自らの王国「唯腕村」に囚われた男と、家族もなく国と国の狭間からこぼれ落ちた女は、愛し合い憎み合い、運命を交錯させる。過疎、高齢化、農業破綻、食品偽装、外国人妻、脱北者、国境…東アジアをこの十数年間に襲った波は、いやおうなく日本の片隅の村を呑み込んでいった。ユートピアはいつしかディストピアへ。今の日本のありのままの姿を、著者が5年の歳月をかけて猫き尽くした渾身の長編小説。
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(無題)
アリストテレスは人間を「ゾーオン・ポリティコン(社会的動物)」と呼び、ポリス(都市国家)の活動に参加する者をシチズン(市民)とした。 「理想郷」作りは武者小路実篤の「新しき村」が有名だが、この小説は東北の寒村に作られた「唯腕(イワン)村」が舞台。 特殊な社会(疑似国家)の中での人間群像が描かれている。唯腕村も、創立世代はともかく、時間が経過し、人が変わり社会が変化するに伴い、次第に元の理念は風化して、単なる老人の共同生活体に成り下がってしまう。と同時に経済が疲弊すれば、そこにはむき出しのエゴが表れ始める。三代目として理事長になる宿命を追わされ、一度行ってみた東京にも跳ね返され、その村でしか生きていくことの出来ない東一の悪戦苦闘は少々哀しい。 また、子供の時から異常な人間関係の中で育ち、母親に放り出された真矢の「欠落」を抱えた人生も哀しい。登場人物は全員卑小で行動も稚拙、共感出来る人間は一人もいないが、社会的動物である人間の根源的な姿を見せられた気がする。 文学者と彫刻家が共同で農業を中心に共有財産で生活する理想郷を夢見て作った唯腕村。それから二代が経過して、創立者の末裔である青年・東一(といち)が理事長を継ごうという頃には、村は高齢化と過疎化の波にさらされていた。二代目、三代目は次々と村を出て行き、残っているのは老人ばかり。農業にも否応なく効率化の必要性が迫られており、東一は、村の逼迫した状況を何とかしようとしながらも、古いままで留まろうとする村人の前になすすべもなかった。 一方、父親に棄てられ、脱北ビジネスに関与した母親が行方不明になった高校生の真矢は、母の愛人だったホームレスと脱北者らしい女とその息子との疑似家庭を作って村に移り住んで来る。東一は一目で真矢に心奪われるが、真矢が心を開くことはない。
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