わが殿 下

畠中 恵

2019年11月27日

文藝春秋

1,540円(税込)

小説・エッセイ

新銅山の開掘、面扶持の断行、藩校の開設、類を見ない大型船の造船…。七郎右衛門は、幾度も窮地に陥りながらも、利忠の期待に応え続ける。だが、家柄もなく、殿の信頼を一身に集め、旧態依然とした大野藩の改革を続ける七郎右衛門には、見えざる敵の悪意が向けられていた。そんな中、黒船の襲来により、日本中に激震が走る。時代は移り変わろうとしていたー。新時代を生き抜くヒントがここにある!

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Readeeユーザー

(無題)

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2.9 2021年09月26日

四万石の大名であるが、実質二万八千石、一万二千両の年間収入しかない大野藩の借財は九万両。七郎衞門は12年かけてこの膨大な借金返済に成功したのだった。全国の諸藩が借財に苦しむ中、大野藩が借金を返済できたのには、特別な秘策があったわけではない。七郎衞門という経済感覚に優れた人材を得たためである。そして七郎衞門は殖産と倹約に努めるという、どこの藩でも手がけているありふれた手法を用いたに過ぎない。もしかしたら、運が良かったのが1番の原因かもしれない。 しかし、七郎衞門が本領を発揮するのは、これからであった。無借金経営の信用力を背景とした藩札の活用は、経済活動の中心にいて初めて思いつくアイデアである。具体的には藩札で藩の特産品を仕入れて、経済の中心地大阪で現金で売るのである。しかも、売るのは藩の直営店である。つまり、問屋の中間マージンを削って利幅を多くしたのである。そればかりではない。輸送コストの削減のため に輸送船五隻を所有したのである。そこから生じた莫大な利益は、わが殿・利忠公の政策実現に惜しみなく使われたのであった。すなわち、藩校や病院の新設から洋式軍備、あるいは北蝦夷(樺太)の開拓まで多岐にわたった。それのスケールは、薩摩などの大藩を悠に凌ぐほどであった。 武士道の中核を成す概念が、主君への忠義であった。七郎衞門は生涯をかけてそれを実践したのであった。

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Eugene

天空の城 幕末の頃 そして、畠中恵さん

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3.9 2020年01月12日

史実に基づいた「天空の城」越前大野城を舞台にした幕末の物語。 この試み自体は、二十数年前に、故 大島昌宏 さんが「そろばん武士道」を上梓されているが、ライトノベルと見まがう物を書かれている当代の人気作家の畠中さんが題材にされるとは、少々驚きだった。 当今の「天空の城」ブームに乗っかった訳でもないだろうが、題材として非常に興味深い。 江戸期の藩政改革では、上杉鷹山侯をはじめとして種々あるが、最終的に完全「商社」としての[大野屋]まで運営したというのは、他に聞いたことがない。 さて、畠中さん。 文体;読み始めて暫くは、得意の「平成(疑似江戸期)軽快」スタイル。少々気になったが、(僕だけかもしれぬが)徐々に変わる。若しくは、気にならなくなっていた。 この路線が続くなら、今後も読ませて頂きたい。 keyword ・内山良休七郎右衛門 ・土井利忠 ・「天空の城」越前大野城 ・大島昌宏

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