さらば深川
文春文庫
宇江佐 真理
2003年4月10日
文藝春秋
792円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
「この先、何が起ころうと、それはわっちが決めたこと、後悔はしませんのさ」-誤解とすれ違いを乗り越えて、伊三次と縒りを戻した深川芸者のお文。後添えにとの申し出を袖にされた材木商・伊勢屋忠兵衛の男の嫉妬が事件を招き、お文の家は炎上した。めぐりくる季節のなか、急展開の人気シリーズ第三弾。
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(無題)
先日、伊佐次が不破の元で下っびきとして働くインセンティブがどこにあるか分からないと書きましたら、早速著者が本巻でそれに、答えてくれました。それは「友情」でした。武士と町屋の髪結い、上司としての同心と下っびきの、身分・上下関係を超えての友情があったのでした。本書第一章因果堀でそれが語られます。不破が畳に手をついて深々と頭を下げ、伊佐次にわびを入れたのでした。それは下手人として疑われた伊佐次を体を張って守れなかつた事や、不破の妻いなみが許可を得ずに敵討ちをすることを伊佐次が阻止したことについてでした。士は己を知る者のために死す、という言葉がありますが、伊佐次は「分かっていてくれた」との想いで、全てが吹き飛び、不破とのあいだに強い絆が通いあったのでした。 「さらば深川」とは、何を意味するかと言えば、お文が深川を出て伊佐次の元に身を寄せることです。晴れて2人が一緒になることなので、目出度いとかというと、これがそうでもないんですね。その経緯とは、ある夜、お文の家が火付けにあい、燃え上がったのでした。火消し連中は鳶口を使って家を壊し始めました。延焼を食い止めるためですから仕方ありません。「茅場町の塒は狭めぇが辛抱してくんな」伊三次はお文の背中に言いました。「こんな時に我儘なんざ言わないよ」お文はぽつりと答えるのでした。「増さんに、この際、所帯を持てと言われた」伊三次は少し躊躇したような顔をして口を開いたのでした。「お前ェはひどい男だ。わっちが家をなくしてから、ようやくそんな話しをする」「家持の辰巳の姐さんに、廻りの髪結いが豪気なことは言えねェと思ってよ」伊三次は言い訳するように応えたのでした。
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