還るべき場所
文春文庫
笹本 稜平
2011年6月10日
文藝春秋
968円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
世界第2の高峰、ヒマラヤのK2。未踏ルートに挑んでいた翔平は登頂寸前の思わぬ事故でパートナーの聖美を失ってしまう。事故から4年、失意の日々を送っていた翔平は、アマチュア登山ツアーのガイドとして再びヒマラヤに向き合うことになる。パーティに次々起こる困難、交錯する参加者の思い。傑作山岳小説、待望の文庫化。
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(無題)
海派と山派に分けるなら、私は間違い無く海派であると断言できる。だから山音痴の私が登山小説とも言うべきものを読むのは、初めての経験であった。登山の経験も無ければ、興味もない私にとっては、まず登山に関わる用具・用語の知識が全くないので、本書冒頭の文章は、内容の半分も理解できなかった。それでも世界の名だたる名峰への冬山登山は、命をかけた勝利へのゲームであるとの緊迫感は十分に伝わって来た。さらに読み進めるほどにおもしろく、何度も感動させられた。それだけ完成度が高く、スケールが大きい事を感じさせる作品だ。 本書は、超一流クライマー翔平が山と私生活ともにパートナーであった女性・聖美K2で失う。しかもそれは、翔平の命を救うために、宙づりになったザイルをナイフで切断して自らの命を投げ出したと思われるものだった。翔平は、絶望的な喪失に陥り、魂の傷が癒えるまで4年間の時間を要した。今はトレッキングツアーを主催する会社を設立したかつての山仲間・板倉亮太から、聖美の弔い合戦として、あのK2の東壁を再び攻めることを持ちかけられる。ブロードピークへの商業登山で客を登らせた直後に、二人で速攻を仕掛けるという大胆なプランに、翔平は意を決して応じる。それは、もう聖美はいないという事実を受け入れ、山を遠ざける人生から抜け出すための、新たな旅立ちであった。 クライマックスは、先行していて遭難したニュージランド隊を商業登山の範疇を超えて命がけで救出するシーンだ。 終章では亮太とパーティを組んでK2に再び挑むが、そこで自らロープを切断した聖美の真実の姿が浮かび上がってくる。「探し求めていた本当の聖美にようやく出会えた気がした。それは翔平の新たな人生の始まりでもあるようだった。」 生きる事の意味を誠実に求める主人公達を通して人生そのものを描いており重厚感もある。そしてそれらをより際立たせるように散りばめられている実業家神津の放つ言葉が心に染みる。と言って内容が別に説教臭い訳でもなく一流のアドベンチャー小説としても十分楽しめるのは著者の力量だろ。登山を趣味としている人にとってはこんな面白い小説はないと思う。私のような山に興味のない人間であっても、素晴らしい読後感が味わえる秀作だ。
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