火花
文春文庫
又吉 直樹
2017年2月10日
文藝春秋
715円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
売れない芸人の徳永は、天才肌の先輩芸人・神谷と出会い、師と仰ぐ。神谷の伝記を書くことを乞われ、共に過ごす時間が増えるが、やがて二人は別の道を歩むことになる。笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説。第153回芥川賞受賞作。芥川賞受賞記念エッセイ「芥川龍之介への手紙」を収録。
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いないいないばあを知らない大人
【気づいているか、いないかだけで、人間はみんな漫才師である】 売れない芸人である徳永は、天才肌の先輩芸人・神谷と出会い、師と仰ぎ、乞われるままに彼の伝記を書くことを約束した。彼と過ごした日々。そして二人は別の道に分かれたけれども、その時間は大切でなくてはならなかった時間だった。 神谷さんは、正真正銘のあほんだらである。 言い訳もせず真正面から面白いことを追求する芸人。 不純物の混ざっていない、純粋で面白い。 神谷さんは毎秒おのれの範疇を超えようとして挑み続けている。 それを楽しみながらやっているのだから手に負えない。 平気な顔して、破綻する。 だから余計に誤解される。 神谷は逃げているだけじゃないかって。 それは、違う。 神谷さんは自分の面白しろいと思うことに背いたことはない。 赤子相手でも全力で自分の笑わせ方を行使する。 「いないいないばぁ」をしらないのだ。 彼が相手にしてるのは世間ではない。 いつか世間を振り向かせるかもしれない何か。 その世界は孤独で、でもその寂寥は自分を鼓舞してくれる。 自分の理想を崩さず世間の観念とも戦う。 「いないいないばぁ」を知った僕は、「いないいないばぁ」を全力でやるしかない。 面白ない!と、それを問答無用で否定する彼は尊い。 人前に出るということは、それなりの覚悟と精神力がいる。 劇場で笑いを取れなかったりすると、ネットやSNSで叩かれたりする。僕はそれをとても気にした。肯定的な言葉には励まされたけれども、否定的な言葉にはずいぶんと落ち込み、向いてないのだろうとまで追い込まれることも多かった。 でも神谷さんは優しい声でこう言った。 ネットで他人のことを人間の屑みたいに書く奴いっぱいおるやん。作品とか発言に対する正当な評価やったらしゃあない。でも痛いよな自分に刺さる。まだ殴られたほうがマシやん。でもおかしなことに、その痛みには耐えなあかんねん。ちゃんと痛いのにな。残酷な書き込みを見て自殺する人もおるっていうのに。でもそれがそいつの、その夜、生き延びるための唯一の方法なんやったらしゃあない。俺の人格も人間性も否定して侵害したらええ。きっついけど、耐える。めっちゃ腹立つけど、一番傷つくこと考え抜いて書き込んだらええ。人を傷つける行為は一瞬は溜飲が下がる。そこに安住している間は、自分の状況はいいように変化することはなし、他を落とすことによって、今の自分で安心するというやり方や。可哀そうで、被害者なんや。ゆっくりな自殺にみえるほどの。中毒になった奴がいたら、誰かが手伝ってやめさせたらなあかん。ちゃんというたらなあかん。一番簡単で楽な方法選んでもうてるで、時間の無駄やでって。ちょっと寄り道するくらいやったらええけど、すぐ抜け出さないと、その先はない。面白くないからやめぇやって。 もしもSNSとかで「俺のほうが面白い」とのたまう人間がいたら 一度でいいから舞台に上がってみて欲しいと思う。 「やってみろ」なんて偉そうなこというわけじゃない。 一度でも芸人の世界でなくても舞台に上がった人間ならわかるだろう。 世界の景色が一変する、 それを体感して欲しい。 自分で考え事で誰も笑わない恐怖を、 自分で考えたことで誰かが笑う喜びを、 経験して欲しい。 必要がないことを長い時間かけてやり続けることは難しい。 一度しかない人生、結果が全くでないかもしれないことに挑戦するのは怖い。 臆病でも勘違いでも救いようのない馬鹿でも、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑めるものだけが漫才師になれるのだ。 十年。十年だ。 長い年月をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。それが芸人の道でなくても。 芸人の中でも残るのは一握りの人間だけだ。大多数は消えていく。 【絶対に全員必要やってん】 だけれども、その一握りが輝くためには全員が必要なのだ。 一握りの人間だけがでてる漫才なんて面白いだろうか?優勝者だけの参加で面白いか? 「気づいているか、いないかだけで、人間はみんな漫才師である」 笑いとはなにか。人間とは何か。 軽快な文章だと思って読んでいたら、きっとグサグサと突き刺さる言葉がちりばめられていることに、なんか痛いな・・・と後で気がついて、自分を見直したときにハッとする。そんな物語。芸人だけじゃない。すべての人に当てはまる、言葉の力はこんなにも強い。あなたにも、あ、この言葉、と思える文章がきっとある。
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読みやすい
文章も読みやすく、サラッと楽しめた。 芸人のラジオを聞いたりするのが好きなら、間違いなく楽しめる。 芸人を目指す人の日常、人生を知れる、それだけでも読む価値があった。 読みやすさに配慮してあったように感じるし、それでも楽しめる仕掛けはいくつもあり中だるみしないのは、ネタを日々書いている芸人さんならではだと感じた。受け取り手への心遣いが、素直に上手い。 スリリングな物語を好む人には、おすすめできない。
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