妄想科学小説

赤瀬川原平

2015年1月27日

河出書房新社

1,760円(税込)

小説・エッセイ

もうひとつの「純文学の素」-抱腹絶倒のショート・ショート集!その後の尾辻克彦文学、そして赤瀬川原平をかたちづくった、さまざまな着眼点と遊びに満ちた傑作連載全35篇。

本棚に登録&レビュー

みんなの評価(1

starstarstarstar
star
4.5

読みたい

1

未読

0

読書中

0

既読

5

未指定

3

書店員レビュー(0)
書店員レビュー一覧

みんなのレビュー (1)

Readeeユーザー

(無題)

starstarstarstar
star
4.5 2018年02月14日

ここには妄想はあるが、科学はない。いや、葉巻型のUFOや宇宙人が登場するから、もしかしたら若干の科学的見地があるのかもしれない。本書を一言で言い表すと、やはり冗談本、それもブラックユーモアたっぷりの書、が一番的適切な言い表し方ではなかろうか。 空想とは、現実にはあり得ない事、現実とは何ら関係のない事を、頭の中だけであれこれと思いめぐらすことである。これに対して妄想は、思い描く内容が非現実的であることは空想と同様であるが、妄想を持った本人はその考えが妄想であると思っていないのが特徴である。本来は精神医学用語であるが、現実生活ではもっと軽い意味でも使われる。 何しろ本書の内容は妄想だから、その着想は常人の想像の域をはるかに超えている。例えば殺人。今この国で人の命を奪えば、その人は殺人罪に問われる。では、自らの命を奪った場合はどうなのか。これが第1話「人殺し」である。奪われる生命が他人であろうと自分であろうと同じく殺人ではないか、との疑問から発したショートショートである。自殺未遂を重ねる男が手配された。そして逮捕、裁判の結果は2年間で7回の自殺未遂は罪が重いとして、死刑。かくして犯人は希望通り死を得ることができた。それは、国家による合法的殺人であった。 また、私たちは日常お金を使って生活している。誰だって、朝起きれば洗面をするだろう。歯を磨けば歯磨き粉は使った分減っていく、ところが歯ブラシは使っても減ることはない。歯ブラシのようにお金を使っても減らなかったらどんなにいいだろうか、との妄想から生まれたのが「路地裏の紙幣」である。ところが現実には、お金は羽が生えたように出て行ってしまう。これが長男・太郎の話。太郎は銭湯の帰りに拾った千円札を5年間毎日使っている。 次男の次郎はマイホーム計画を立てていて、寝室の次に風呂場をやっと手に入れた。次にはどこか近いところに廊下を手に入れようと努力している。三男の三郎はサイコロを振りながら、そのサイコロを投げ出さずに掌の中に入れたまま3年間もふり続けていたので、偶然審議会に怒られてしまった。そして十郎までいったら次は新太郎、銀次郎、光三郎、と続き二十郎の話で、「妄想科学小説」は終わりとなる。 そして、引き続いて妄想科学随筆。無論科学はあっちに置いておいて、妄想に従って筆を随意に進めていく。その随意さが常識の枠をはるかに超えるだけに、随筆と言えるのだろうか、と思える内容となる。

全部を表示
Google Play で手に入れよう
Google Play で手に入れよう
キーワードは1文字以上で検索してください