古田織部

本作は、信長、秀吉、家康に仕え、秀吉、家康の治世においては、茶道筆頭役を務めた古田織部重然を描いた作品。この人物は、漫画へうげものの主人公としても知られる。 主人公の織部は、美濃攻めの頃より信長に近侍する。武将然とした人物を好んだ信長だったが、織部に何かしらの才能の片鱗を感じる。 「それにしても…いい目をしている。心が和む目だ。槍は使えずとも、何かの役に立つかもしれぬ…,28」 信長のもとで使番として励む中、ある時茶会で陶器の説明に口を挟む。この頃の織部はまだ、茶の湯に目覚めていないながらも、父の言葉を覚えていたのだった。そんな彼の最初の茶の湯に対する思いとは…（ここで初めて利休とも出会う） 「古左、われはなぜ茶湯を嫌う？ 信長,73」 「いえ、茶湯を嫌っているわけではござりませぬ。ただ、茶湯をするときの父の気むずかしげな姿がいやなだけで… 織部,73」 信長のもとで人の命の軽さ、自信の武将としての欲のなさに気づく織部は、本能寺の変を経て、秀吉に仕える。 秀吉のもと、領国経営を行いながら、千利休や今井宗久、津田宗及らと出会う。武人出身として、千利休の学びに対する貪欲さは尊敬しながらも、秀吉への敬慕が強くなっていく。本人が気づくか気づくまいか、欲の薄い古田の血（P 77）がそうさせるのか、利休から言わせると織部というのは、「このおひとの茶事には媚がござらぬ,181」と言わしめる。 利休から見れば、唐物を集め権威に箔づけることにしか興味のない秀吉は媚や欲の塊であって汚れて見えたのだろう。一方で、武家ながら欲のない織部が見せる茶湯には惹かれるものがあったのであろう。 しかし、利休のいなくなった後、事実上の茶道筆頭役となった織部が目指した"武家の茶湯、大名の茶湯"とは…そしてそれを形作ったものとしての第一歩こそが、ゆがみ茶碗であった。 「ひよわではいかぬわ。雄大で、豪快なものでありたい。〜おおらかで、のびやかでありたいと思う。〜明るく、華やかなのが大名の茶湯にはふさわしい。,216」 秀吉の死後、権力争いに励む徳川、石田を横目に、織部の茶湯に対する想いは強くなる。 「おれは茶湯で仕えるのであるわ。徳川であれ、豊臣であれ、おれはおれの茶湯を作り上げることだけを考えればよいわ。,229」 織部好みが一大風流として全盛を誇るなか、政権闘争では、戦国時代最後の戦いである大坂夏の陣を迎えるー 茶道筆頭役として天下の大権力に近づく織部。商人出身でありながら茶湯文化で利休好みというスタイルで一世を風靡した千利休と武家出身でありながら同様に茶湯で世を圧倒した織部。戦国時代の終焉に近づき、織部が気づいた二人の違いとは… 「智恵をしぼり、神経を擦り減らして領国を守らねばならぬ大名にとって、茶湯などいかほどのものでもないわ。ひとたび合戦が起これば命のやり取りをせねばならぬ彼らからすれば、しょせんは遊びでしかないのよ。その茶湯を教えるものを誰が心から敬えようかー。〜利休はこうした自分の実像に気づかなかったはずだが、織部は違う。織部,260」 徳川という天下の大権力に否定され、大名諸侯が右に習えと織部好みの茶湯を捨てた。そんな中でも、その明るさ、温かさで、百姓町人の間ではもてはやされ、今現在にも織部焼は伝えられる。織部好みは、未完成だからこそ今もなお、人を魅了するのだと。ゆがみ茶碗が語りかけてくるようだ。

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