土蛍

猿若町捕物帳

近藤史恵

2013年6月30日

光文社

1,760円(税込)

小説・エッセイ

吉原で火事があった。青柳屋の遊女・梅が枝は逃げ遅れて火傷を負ったという。同心・玉島千蔭は梅が枝を気遣うが、すぐに見舞いに行こうとはしない。千蔭は梅が枝の客ではないし、深い仲でもないから。行ってどうこうできるわけでもないから。やがて、梅が枝の身請けの話が進んでいるという噂が、千蔭の耳に入るー。

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とも

(無題)

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4.7 2018年02月09日

このシリーズ、私は大好きであるが、今ひとつ人気が出ないのか、最新刊がこれで2013年6月の刊行から新刊が出ていない。このシリーズで作者は作品中に江戸の風俗をさり気なく散りばめており、それが作品に深みを与えるところから、私はそれらを解説する役割を負ってきた。今回は「大家といえば親も同然。店子といえば子も同然」と落語「小言幸兵衛」で語られてきた大家についてである。 まずはじめに、江戸期の大家は現在の大家とは意味が全く違うことを明らかにしておきたい。江戸では大家は不動産のオーナーではなく、言って見れば管理人的な役割であった。だから差配人あるいは家守とも呼ばれていた。彼らは家賃の3~5%で雇われていたのだった。また、面白いところでは、循環型エコ社会であった江戸時代では、人間の糞便は立派な農業資産であった。だから、長屋の共同便所の糞尿が売買され、代金は大家の収入となった。ただ、これは長屋の修繕費にも当てられたので収入とは言い切れないかもしれない。 一方、大家は、家賃の取立て・長屋の維持管理ばかりでなく、社会的には徳川幕府の統治機構に組み込まれ自治組織の一部を担っていたのだった。具体的には、揉め事の仲裁・相談・旅行の際の手形申請・訴訟関係の申請から仲人など公私にわたって店子の面倒をみていた。また、店子から咎人が出ると連帯責任で大家も処罰されることもあり、大家の店子への監視は厳しくならざるを得なかった。だから、大家なくして長屋の住人は江戸には住めなかったと言っても過言ではない。そこで「大家といえば親も同然。店子といえば子も同然」との言葉が生まれたのだった。本来、契約にしか過ぎない関係に血縁関係を持ち込むのは、いかにも日本的である。 さて、諏訪町の長屋の大家・銀次が殺された。千蔭は銀次の店子である新粉細工師の長六・良江夫婦と、良江の兄・作二郎の諍いを仲裁して欲しいとたのまれていた矢先だった。これが第1話「むじな菊」。そのほか髷を切られるという事件が続発する「だんまり」。「土蛍」は梅が枝の身請け話の裏に隠れた凄まじい愛憎物語だ。最後の「はずれくじ」は、まるで人生のハズレくじを掴んでしまったよう直吉が遺体となって見つかった事件である。

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