木暮荘物語

祥伝社文庫

三浦しをん

2014年10月10日

祥伝社

660円(税込)

小説・エッセイ / 文庫

小田急線の急行通過駅・世田谷代田から徒歩五分、築ウン十年、全六室のぼろアパート木暮荘。そこでは老大家木暮と女子大生の光子、サラリーマンの神崎に花屋の店員繭の四人が、平穏な日々を送っていた。だが、一旦愛を求めた時、それぞれが抱える懊悩が痛烈な悲しみとなって滲み出す。それを和らげ癒すのは、安普請ゆえに繋がりはじめる隣人たちのぬくもりだった…。

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三浦しをん「木暮荘物語」

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2019年12月25日

みんなのレビュー (2)

とも

(無題)

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4.1 2018年02月14日

こういう小説に巡り会うと、小説を読んできて良かったとつくづく思います。こう書くと、僕の日頃の読書傾向や書名から下町の古びたアパートを舞台にした人情話を予想するかもしれませんが、全然違うんです。木暮荘が古びた木造アパートである事は当たっていますが、立地が違います。最寄駅は世田谷代田です。下北沢も直ぐ近くです。小田急と京成の違いというか、沿線に住む人種の違いって分かりますよね。しかも登場人物の職場が表参道と西麻布の中間にあるカフェ&フローリストとなれば、都会に生きる豊かでない現代人が直ぐにイメージされますよね。中味は登場人物毎に異なるお話しが物語られますが、ひとつ共通する事がらがあります。それはセックスなんですね。ただし、下劣な覗き見趣味であったり、淫靡であったりするセックスではありません。動物である人間が当たり前に営むセックスです。この本はセックスを通じて孤独であったり、疲れていたりして活き活きと生きられない人々に贈る応援歌だったのです。ですから、この本を読み終えた後には、ほっとする安心感や幸せな気持ちを味わうことになります。 著者がこの本で扱っているテーマが最もあからさまに表れているのが、大家・木暮の物語「心身」ですので、これを取り上げてもう少し詳しくお話ししましょうね。木暮は定年退職した年金暮らしの70歳。親が遺してくれた家作が木暮荘です。今時は建て替えてマンションにした方が資産効率は良いのでしょうが、銀行との折衝や建築計画に積極的に動く意欲も心づもりもありません。ある意味、もう人生を降りているんですね。木暮が自宅を出てがアパートに独り住いするようになったきっかけは、娘夫婦と孫との同居でした。賑やかに三世代同居でおじいちゃんは幸せ、などとステレオタイプな見方では老人の心を見誤ります。老人でなくとも、理解してもらえない人との同居は、例え肉親でもあるいは長年連れ添った妻でも鬱陶しく、人間関係を円滑に保つ努力は苦痛ですらあります。何を好き好んで今さらアパートでの独り住いなどと、周りは思うかもしれませんが、本人にとっては同じ孤独でも気を使わないだけマシなのです。 そんな木暮が「セックスをしたい」と切実に思うようになります。若い人は「色ボケの変態ジジイ」と思ったり、あるいはコミカルな面を強調したい著者による創作と考えるでしょうが、そうではないのです。どうしてそんなふうにに断定できるかというと、同年齢の僕が同じ気持ちを抱いているからです。今までこんな事、口外した事はありませんでした。だってこんなの僕だけだと思っていたからです。恥ずかしくて口が裂けても言えませんよ。それをこの作家は女の身で、しかも若い身空で小説に描いてしまうんですから、たいしたものです。あ、これは決して女性差別ではありませんよ。 この点についてもう少し、僕の考えを書きますね。男も女もある年齢まではお互いを尊敬しあったり補い合って家庭を経営していますね。女性の場合はとくに男性を立てて、自分は一歩引いた立場をとることが多いようです。男中心の社会で女はそのような社会的役割を強いられたということではなく、生理的にそう振舞うことが心地良いのだと思われます。女性は子育てを終える頃になると、さらに生理的に変貌を遂げるようです。男に尽くすことに快感を覚えていた同じ女性が、個の確立というか、自己主張を平然とし始めるのです。これは今まで我慢していた反動というより、快いと感じる感じ方が変わった生理現象ではないかと思うのです。妻がこのような変貌を遂げたとき、男はどう感じるでしょう。妻の変化に鈍感な夫が、尽くされていた時と同じように振る舞えば、行き着く先は熟年離婚ですから、多くの夫はじっと耐えて静かに妻の言動を見守ることになります。取り残された夫の心の中には、寂寥感、孤独感が漂います。 老年に至って寂寥感で一杯の孤独な男は、心の隙間を埋めたくて肌の交わりを切実に願うのです。しかし、長年のセックスパートナーの心は既に夫とは違うところに行ってしまってます。何年もセックスレスな妻に「したい」と打ち明けたとして、その反応が軽蔑である可能性が高いと考えたら、口にできるわけがありません。そんな思いに悶々としながらも、結局のところ何もできない、それが人生だと現実を静かに受け入れるのが、老年期なんですね。 老年期のセックスを長々と書いてしまいましたが、次は中年のセックスです。佐伯は45歳で子供はいません。西麻布の交差点からほど近いところで喫茶店と生花店を営んでいます。夫であるマスターの言葉が印象的でした。妻が店主の生花店に勤める繭の話題です。妻「繭ちゃん、彼氏とあんまりベタベタしないで淡白だよね」。夫「彼女、未だ20台半ばでしょ。20台じゃ、がっついてないよね」。そうでしょうか。若ければ若いほど、性欲は強いのではないでしょうか。佐伯夫妻の場合は、30台の前半に強烈な性欲に襲われて文字通り、がっつくようにセックスを繰り返した経験があります。この世代はそろそろ人生の先き行きが見えてきて、焦燥感に駆られるものです。そんな思いを振り払うようにセックスに没頭する気持ちも分かりますね。佐伯夫妻の激しい性行為は、夫の両親が交通事故で死亡し、脱サラして店を継ぐ頃には落ち着きます。商店主としての人生が確定して焦燥感から解き放されたからです。 人生の一コマには必ず起こる事ですが、マスターが浮気します。裏切られた佐伯さんは、悩んだ挙句に密かに事故を装って怪我をさせて復讐を果たします。反省したり自己嫌悪に陥った佐伯さんは、献身的な看病をして夫に尽くします。傷が癒えた頃には、マスターの浮気の虫がまたぞろ蠢き始めます。我慢ならない佐伯さんは、浮気の現場に乗り込み、マスターを土下座させます。佐伯さんは最終的には一言もない夫を許し、受け容れます。これが中年期の夫婦です。この時期の女は、このような振る舞いに快感を感じるのでしょう。老年期とは違いがあります。 最後に若年期のセックスについては、言わずもがなですので、本書を読んで楽しんでくださいな。

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Readeeユーザー

(無題)

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3.5 2017年12月22日

世の中のことがわからない

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