持統天皇と男系継承の起源
古代王朝の謎を解く
ちくま新書 1570
武澤 秀一
2021年5月8日
筑摩書房
1,012円(税込)
人文・思想・社会 / 新書
古代の大王・天皇には男性と女性、男系と女系が入りまじっていた。それが男系ばかりになったのは、なぜか?そして、いつ、誰が、どのように?本書がまず注目するのは、天孫降臨神話とともに成立した持統「双系」王朝である。始祖となった女性天皇は代替りをタテの血脈でおこなう天皇制システムを創出し、皇祖神を祭る伊勢神宮に永遠の更新システムを埋め込んだ。しかし持統没後、双系継承は覆る。男系継承は藤原不比等が主導した平城京遷都に仕組まれていたのだ。神話、大嘗祭、王宮や王都、終末期天皇陵から古代王朝の謎を解き明かす。
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カルーアミルク選帝侯💙💛
(無題)
以前から皇位継承問題に興味があり手に取った。若干怪しい記述があったものの、持統天皇の時代に大嘗祭・式年遷宮・天孫降臨神話を人工的に整備し「神に連なる天皇」が出来たという論は面白い。持統天皇は孫の軽王子(文武)への譲位を、天照大御神と孫のニニギ(神武)になぞらえたという主張に唸る。 著者は他にも説明される過程を持って、この国では古来より男女双系継承が自然な形であったため今の男系男子継承は金科玉条ではない、と主張する。 だが自分は逆に藤原氏により変化した男系継承式が、今日まで皇統が続いている大事な秘訣ではと思った。 藤原氏以前の天皇は母親が皇族であることが必須であり、蘇我氏でさえ母親が蘇我氏の天皇は建てられなかった。 これは一見、君臣の別が付いているようで柔軟性がなく家系図の収束を引き起こす。恐らく拘り続けていればどこかで血が断絶するかそれこそ藤原氏への易姓革命が起こっていただろう。 持統天皇が打ち立てた「神に連なる天皇と代替不可能な皇族」という考え方、 藤原氏の「父方の天皇の血があればよい」という双方の考え方によって、 天皇に成り代わる事は道鏡も義満も(諸説)成し得なかったし、藤原氏のネットワークとほぼ一体化したり平家や徳川とも穏便に繋がれたのではないか。 そんな事を思いつつ古代日本の失われた伝統・創造された伝統という構図にワクワクさせてもらった。 て知的好奇心の呼び水になる良い本だ。
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