さようなら、オレンジ
岩城けい
2013年8月31日
筑摩書房
1,430円(税込)
小説・エッセイ
オーストラリアの田舎町に流れてきたアフリカ難民サリマは、夫に逃げられ、精肉作業場で働きつつ二人の息子を育てている。母語の読み書きすらままならない彼女は、職業訓練学校で英語を学びはじめる。そこには、自分の夢をなかばあきらめ夫について渡豪した日本人女性「ハリネズミ」との出会いが待っていた。第29回太宰治賞受賞作。
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(無題)
この作品をどう読むかの視点が定まらないと、本書は全く退屈な物語になってしまいます。実は僕もつまらない小説だな、と思った読者の一人だったんです。それが本書に埋め込まれたヒントにぶち当たった時、さあー、っと目の前が開けるように物語の世界に入っていくことができました。それは日本人女性のサユリがCharlotte's Webを読んでいるとの一節でした。邦題「シャーロットのおくりもの」ですね。児童書ですが、僕にとっては大事にしておきたい幾つかの図書のひとつです。この本のストーリーを思い浮かべた時、アフリカ難民サリマの人生の意味が見えてくるんです。 それでは「シャーロットのおくりもの」がどんなお話なのか知らなくては、この作品もわかりませんので紹介しますね。 『ひ弱に生まれた子豚のウィルバーは、少女フェーンに救われ、フェーンの叔父の納屋の小世界で成長していく。納屋に棲むクモのシャーロットは、屠殺への不安に脅かされるウィルバーを母のように導き、知恵を授け、励ました。賢いシャーロットは、自分の巣に文字を浮かびあがらせることで、人間にウィルバーの特殊性を訴える。有名になったウィルバーは品評会で優勝してベーコンへの運命を免れた。だが、シャーロットは寿命が尽き、ひとりぼっちで死んでいく。真の友を失ったウィルバーの悲しみを癒すように、やがてたくさんの子グモが誕生した。ウィルバーは、納屋に残った三匹のクモに名前をつけ、そこから、いのちの新たな関係が始まっていくところで物語はとじる。』 本書ではオーストラリア在住のアフリカ難民、サリマの人生が物語れます。夫に逃げられ、ひとりで息子を育てるために、少しでも良い職場をと英語を学び、スーパーの食肉加工職場で生き抜こうとする生存の闘いです。これに、英語を学ぼうとするサリマと同じ語学のクラスで出会った日本女性、サユリの物語がからみます。サリマとサユリの物語がパラレルに進行しますが、これがウイルバーとシャーロットを連想させられます。食肉となる運命を背負った不幸な豚ウイルバーがサリマ、賢明なクモ・シャーロットがサユリですね。クモのシャーロットが死んで小グモが残り、新たな生命連鎖がまた始まるのは、サユリが出産して再び大学に戻るシーンと重なります。 本書では生活苦と紛争を逃れて、アフリカから家族で移り住んできたサリマと、研究者である夫について、日本からやってきたサユリ。彼女らが「母親であり、また、ひとりの女性として生きていくこと」が描かれていきます。しかし、彼女らが生きることは「異国で暮らすこと」「母語とか違う言葉を使って生活すること」は何を意味するのかを問いかけます。 サリマの物語を、何語を母語とする人間が何語で語るのか、そして、何故そうでなければならないのか、これが物語の底に沈められた本書のもうひとつのテーマです。サユリは母語を否定したわけでも捨てたわけでもないのです。英語で書かれてもよかったのです。でもサユリは母語で書かなくては、その意味の半分は喪失してしまう、と考えたのです。生活のために英語を習得するサリマ、流暢に英語を使いこなすサユリ、周囲の人と意志の疎通を図る道具としての言語としては同じ働きをします。しかし、母語はオレンジの夕陽のように、自分にとって特別な意味を持つ唯一の言語なのです。
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