「李香蘭」を生きて

私の履歴書

山口淑子

2004年12月31日

日経BPM(日本経済新聞出版本部)

1,760円(税込)

エンタメ・ゲーム

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Readeeユーザー

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2.6 2018年01月26日

彼女は本書で「母国中国と祖国日本がせめぎ合うあう現場のただ中にいて、その火花を全身に浴びていた。それは自らが選んだ道ではなかった」と述べています。戦争の時代昭和に生き、翻弄された人生だったのです。山口淑子と言えば彫刻家イサムノグチの奥さん、あるいは昭和40年代に『3時のあなた』の司会者を勤め、後に参議院議員ともなったので記憶している人も多いことでしょう。しかし、戦前の中国そして戦後の香港で李香蘭の名で映画、歌などで活躍した事を知っているのはかなりの高齢者に限定されるでしょう。本書は日本経済新聞最終面の名物コラム「私の履歴書」に連載された山口淑子の自伝です。 市井の市民だった著者がどうした拍子か、歴史の大きな波に揉み込まれて、表舞台に踊りでざるを得なくなるのです。それを本人が飾ること無く淡々と記しています。中国語教師の娘が、歌手にそして女優にとなって行きます。しかもそこには戦前の日中関係が一民間人の眼から赤裸々に描かれています。これは小説より数段面白い読み物に仕上がっています。 例えばこんなエピソードが語られています。満鉄は中国人との意思疎通を図るために、社員に中国語の習得を義務付けていたというのですね。この辺は同じ侵略にしても、欧米諸国との大きな違いです。ともあれ、父親が満鉄の中国語教師であったこともあって、筆者はネイティブと全く遜色のない中国語スピーカーとなっていきます。また、当時の慣習として中国人有力者と義理の親子関係を結び、彼女は李香蘭との中国名を得ます。そして国策映画会社・満映から映画デビューを果たし、映画の宣伝で中国人・李香蘭が出来上がったのでした。時は太平洋戦争開戦直前、娯楽のない時期に李香蘭の国内人気は沸騰したのでした。 やがて関東軍が占領地対策として、上海に日中折半出資の映画会社が設立され、李香蘭の活躍の場は満州から中国本土へと移動し、中国人女優として人気が高まっていったのです。 漢奸とは、中国人でありながら国を裏切り外国の手先となった者のことをいいます。最高刑は死刑です。中国人女優として日本映画に出演し、日本人の若者に恋する役割を演じて中国に屈辱を与えた、日本の敗戦と同時に李香蘭にはこんな疑いがかけられたのです。李香蘭は日本人山口淑子の戸籍を提出して、日本人であることを証明し、晴れて日本に引き上げることができました。

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