
等伯(下)
安部龍太郎
2012年9月30日
日経BPM(日本経済新聞出版本部)
1,760円(税込)
小説・エッセイ
誰も見たことのない絵をー狩野派との暗闘、心の師・千利休の自刃、秀吉の世に台頭する長谷川派を次々と襲う悲劇。亡き者たちを背負い、おのれの画境に向かう。とこしえの真善美、等伯がたどりついた境地。
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33歳で絵師を志し、都を目指した長谷川信春は、既に51歳となっていました。都で絵師として頭角を現してきた信春を狩野永徳が面白く思うはずがありません。下巻では始めから狩野永徳との対決が取り上げられて、物語にドラマチックな面白さを与えています。 狩野松栄は、息子永徳が信長に重用されたため、秀吉からは疎まれていることを心配し、信春に聚楽第の襖絵の協力を依頼するのでした。これを面白くなく感じている永徳は、絵画による実力勝負を申し出るのでした。勝負は引き分けとなり、信春は聚楽第の襖絵の一部を描くこととなりました。この仕事は信春の評価を高めるはずでしたが、そうなりませんでした。永徳が棟梁の権限で信春の襖絵を目立たない場所に移動したり、本来の意図とは異なった並べ方をしたのです。永徳のやり方は大人気ない気もします。しかしこんな手を使わなければならないほど、信春の存在は永徳にとって大きなものになっていたのでしょう。「長谷川信春を放っておいたら、狩野派がいずれやられてしまう」。天下の狩野派の総師・永徳にそんな危機感を抱かせるほど、信春の実力は高かったのです。 さて、長谷川等伯の評判を不動のものとしたのが、大徳寺三門の天井画と柱絵などの壁画です。千利休がスポンサーとなって山門を増築することになりましたが、この話を聞いたときから信春は壁絵を描きたいと念願していました。しかし、もともと大徳寺は狩野一派の牙城であり、石田三成も狩野を推しています。またもや狩野派との勝負です。大徳寺の住職・春屋宗園を訪ねたときの事です。狩野派との勝負にこだわって絵に生命を吹き込むことを忘れた信春は、宗園に一喝されます。何故叱られたか、わからないまま逃げ出した信春は呻吟を続けます。そして、水たまりを眺めていた時、ハット思い当たり、答えをみつけます。その喜びをたずさえて春屋宗園を訪ねますが、生憎外出中でした。信春は勝手に上がりこんでそのまま襖に絵を描きだしてしまったのです。他の僧侶達が思わぬ事態に慌てふためく中、信春は一気に絵を完成させてしまいました。一歩間違えればその後の等伯も無かったかもしれない、まさに一世一代の大博打です。信春の決して諦めない、その性格と気合が伝わってきます。 山門の落慶法要は秀吉以下諸大名が参列し、この作品をもって長谷川等伯の名は一躍天下にとどろきました。これほどの勢いと迫力のある絵は、狩野派にはないものでした。表面の描写にとらわれずに本質に迫ろうとする奔放な画風が、美しい絵ばかりを見慣れたものたちの魂を揺さぶったのです。物語はこの後、どんどん面白くなって行きます。
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