花と火の帝(上)
日経文芸文庫
隆慶一郎
2013年10月25日
日経BPM(日本経済新聞出版本部)
693円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
武力と政治的権力を背景に、天皇から権威を奪おうと威圧する家康、秀忠の徳川幕府。16歳の若さで即位した後水尾天皇は、八瀬童子の流れをくむ岩介ら「天皇の隠密」とともに幕府と闘う決意をする…著者の絶筆となった、壮大な構想に基づく伝奇ロマンの大作。
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(無題)
昭和天皇が崩御し、大喪の礼が行われたときに、八瀬童子が輿を担ぐかどうかが一部で注目された。八瀬童子の末裔たちは、旧例どおり葱華輦を担ぐことを宮内庁に要請し、準備もしていたが、警備上の理由で却下された。一体八瀬童子とは何者であり、何故童子と呼ばれるのであろうか。 さて、私たちは死者を送ってきた時、塩で浄める習慣を仏教と関連づけて考えていないだろうか。現代では葬儀を仏教に則って行うのが当たり前なので、こう考えるのだろうが、仏教が葬儀と深く関わるようになるのは、庶民に浸透して行った鎌倉仏教以降の事である。そもそも仏教はインド生まれで、輪廻転生を旨をとする彼らは死を穢れとする感性とは無関係である。 つまり、死を穢れとする感受性は、古来からの日本人独自のものと言える。異常なほどに悪霊の祟りや穢れを忌諱する我々の祖先の心理は、源氏物語を読めばよく理解できる。しかしながら、誰にとっても死は逃れることの出来ない事実であるので、現実問題としては弔う行為は避けることは出来ない。このような当時の社会的要請に応じて自然発生的に生じたのが「非人」である。読んで字の如く人でないのだから、怨霊や穢れとは全く無関係に存在し、葬礼に従事した。ここで注意しなければならないのは、当時の非人は現代のように差別の対象ではないところだ。むしろ、一種の特権すら与えられていた。 さて、前置きが長くなったが八瀬童子は天皇家に置いて、このような役割を担ってきた人々のことである。人でないので大人になっても童子のような姿をしていたのである。武家階級の台頭とともに、武力・財力ともに武家にもぎ取られた宮廷は、権謀術数を巡らして対抗するよりなくなるが、この場合に強力な武器となるのがインテリジェンスである。本書は、八瀬童子を天皇の間諜として使うと言う着想で構成された小説である。また、天皇とは、事あるごとに禁裏を侮辱する徳川幕府、家康と秀忠相手に、果敢に戦った後水尾天皇のことである。
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