異形の王権

平凡社ライブラリー

網野善彦

1993年6月30日

平凡社

1,046円(税込)

人文・思想・社会

婆娑羅の風を巻き起こしつつ、聖と賎のはざまに跳梁する「異類異形」、社会と人間の奥底にひそむ力をも最大限に動員しようとする後醍醐の王権、南北朝期=大転換のさなかに噴出する〈異形〉の意味と用を探る。

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3.1 2018年01月29日

放免とは令外官である検非違使庁の下級刑吏として、実際に犯罪者を探索し、捕縛したり、拷問や獄守を担当した。 彼らの容姿には著しい特徴が見られる。当時は一般的でなかった口髭、顎鬚を伸ばし、特殊な祭礼や一部の女子にしか許されていなかった「綾羅錦繍」、「摺衣」と呼ばれる模様の付いた衣服を身にまとっていた。また、七曲がりの自然木の鉾を持つ。穢れに対する呪術的な意味を持つものと推定されている。 また、絵巻物に描かれた子供たちの姿は大人たちの統制の外にあって天衣無縫なものであった。例えば本来は天皇以外の男子禁制である後宮に子供は出入りできた事が「源氏物語」の世界が進展する上で重要な要素であったことを思い浮かべて欲しい。 祭礼や処刑など非日常性の強い催しには童子の立会いが求められた事からも考えると、童子には一種の神性が認められていたと言える。 「京童」は「宇津保物語」「古事談」などで博徒や陰陽師などと並んだ独立した一階層として見られていた。「宇津保物語」では博徒と共謀して姫君を浚い、「平家物語」では世間に噂を流布させる存在として恐れられている。明らかに大人であるにもかかわらず童形をしている人々が目に付く事がある。例えば、牛車の牛を世話する牛飼童が絵巻では容姿端麗で童形に描かれる事が多い。また、昭和天皇の葬礼で話題になった八瀬童子がある。 このように本書は、絵物語を始めとする多様な絵画を歴史学・民俗学・文学等の資料として読み、解説しているものである。 百姓一揆は、非人の衣裳をまとっていた。非人の魔力とでも言うべきか、権力者に立ち向かう時に異様な威圧感を示したと想像できる。聖なるものの象徴として意識されていたのだろう。この頃から異類異形は忌み嫌う存在へと意識が変わり、無縁の思想が生まれる。日本人には、どんな罪人であろうと、死んでしまえば罪人扱いしないという独特の風習がある。 さて、本論の「異形の王権」とは、後醍醐天皇である。異類異形といわれた悪党から非人までを軍事力として動員し、内裏の出入りまで許可した。 古代以来、天皇制で直面した最も深刻な危機がこの時代にあった。鎌倉幕府の成立、承久の乱での敗北後、天皇家の支配権は東国には及ばなくなる。蒙古来襲を契機に九州までも幕府の権力下に入る。一般的には、10世紀以降、摂関政治、院政と規定され、天皇不執政の時期と見るのが通説である。後醍醐天皇の行動は、そうした危機感への反発を含んでいたことだろう。そして、権威の誇示をはかったのではないか、と考察している。後醍醐天皇の王権もわずか3年で没落する。しかし、執念とも言うべき南朝を立てて、60年にもわたって南北朝動乱期となる。天皇の確実な権威が失われたと知った武士、商工民、百姓にいたる各層の人々の中から、自治的な一揆、自治都市、自治的な村落が成長してくる。こうした動きは、権力の分散を引き起こし、権力による統合を難しくする。人間関係においても計算高く利害関係が支配する風潮となっていく。こうした背景で貨幣の役割も大きくなる。この時代に、天皇の地位のあり方そのものに本質的変化があったと著者は主張している。天皇の聖なる存在はこの時期に失われ、その復活は明治維新まで待たれることになる。権力と象徴の二重構造が日本の歴史を複雑にしているのは間違いないだろう。

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