ヘルダー民謡集

嶋田 洋一郎

2018年10月15日

九州大学出版会

11,000円(税込)

人文・思想・社会

本書『ヘルダー民謡集』は、ヘルダーが生涯を通じて関心を示しつづけた世界各地の民謡162篇に、彼の死後の1807年に刊行された改訂版『歌謡における諸民族の声』からの補遺15篇を加えたものである。これらはいずれも本邦初訳である。『民謡集』にはヘルダー自身がさまざまな書物から蒐集および翻訳した世界各地の民謡や伝承などが収められており、ゲーテの有名な「野バラ」や「魔王」の原点ともなった作品も含まれている。その内容は、恋愛から戦争に至るまで多岐に及び、およそ人間が直面する生の根源的な諸状況が、特に女性や子どもといった社会的弱者の視点から描かれている。なかでも多く扱われるのが戦争である。たとえばレコンキスタ(再征服)時代のグラナダの内戦を扱ったスペイン語のロマンセからの翻訳「アルカンソールとサイーダ」ではイスラム教とキリスト教の対立が、また英語のバラッドからの翻訳「チェヴィーの狩」では14世紀におけるスコットランドとイングランドの対立が個々の登場人物の視点から生々しく描かれる。 そもそも「民謡」を意味するVolkslied(フォルクスリート)というドイツ語がヘルダーによる造語であり、特に前半のVolkという語をヘルダーは多義的に用いている。すなわちVolkはヘルダーにあって三つの意味を有している。一つは種属に関する名詞として「人間であること、人類」を、もう一つは身分制的観点から「王侯貴族」に対する「一般庶民」を、そして三つ目に地球全体におけるそれぞれの「国民、民族」を意味している。それゆえヘルダーにあっては、地域や時代や身分など人間の個々の属性に束縛されることなく、人間であれば誰でも歌い、自己を表現するということが「民謡」の前提となっている。こうした観点は、当時の啓蒙主義的文学観にあって低俗なものと見なされがちであった「民謡」の地位を見直すとともに、ゲーテの言葉を借りれば「人類の共有財産」としての文学全体に対する新たな理解を要請するものであった。それはまた人類の歴史において、どの時代や民族も公平な視点から考察するヘルダーの歴史哲学と不可分の関係にあり、歌はすべての人間が自らの言語を通じて自己を表現する最も重要な手段として理解される。英語の「バラッド」やスペイン語の「ロマンセ」に続くものとして、あるいはそれらを超えるものとしてヘルダーは「フォルクスリート」に、個別的であると同時に「人類の歌」としての普遍的な意味を持たせようとしている。 『ヘルダー民謡集』はその構成も周到に考えられており、第一部と第二部がそれぞれ三つの巻に分かれ、各巻にはまたそれぞれ24の歌が置かれている。しかもそれらは各時代や地域、あるいは民族ごとに区分されているのではなく、それぞれの巻に種々の時代、地域、民族が巧みに配置されている。その目的の一つは、当時の文学界でまだ規範的な地位を有していた古典古代のギリシアやローマを相対化することにあり、たとえば第二部第二巻では婚礼という同じ主題を扱うギリシア語の歌とリトアニア語の歌が並置されて…

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