〔電子〕寺田寅彦で読む「のどかで平和な戦前の日本」

寺田寅彦

2015年8月13日

響林社

180円(税込)

小説・エッセイ / ノンフィクション

「戦前」は、大正期からの延長で、豊かな大衆文化が花開いていた時代でした。もちろん、政治社会情勢としては緊張をはらんだ時代ではありました。しかし、今のイメージのように、「軍部や軍人が専横を極める」といった状況は、せいぜい昭和十一年(一九三六年)の二・二六事件以降ではないでしょうか。少なくとも、一九二〇年代の軍縮時代には、軍人姿で往来を歩くのは肩身が狭いという状況だったといいます。経済情勢も、大正十二年の関東大震災、続く昭和四年の世界恐慌発生、各国の閉鎖的ブロック経済圏化の進行と昭和初期には厳しい時代で、銀行の倒産による混乱、「大学は出たけれど」のような失業者の蔓延、東北の冷害・津波被害等による疲弊、娘らの身売りなどの社会問題化などがありました。しかし、積極的な財政政策、重工業化に向けた経済体制の転換、大陸経済圏の確保等によって、急速に経済は回復し、昭和十五年(一九四〇年)には鉱工業生産・国民所得が恐慌前の二倍以上となりまでになりました。 負の側面ばかりを見ていても、歴史の全体像は見えません。かつて歴史家は、江戸時代は封建時代で、農民や町民は幕府に搾取されて生活は困窮し、一揆も起こる暗黒の時代だった・・・かのように描くことがしばしばありました。しかし、そういう一面もなかったわけではないでしょうが、今では、江戸時代は、政治、経済、文化、教育、環境と様々な側面において先進的面が少なくなく、特に教育面での先進性が、明治維新以降の急速な近代化を可能としたということは定説となっています。江戸文化を楽しく紹介する本やテレビ番組は今や当たり前になっています。向田邦子の描く世界は戦前日本の静謐で平和な世界を垣間見せてくれます。「戦前」も、ようやくその豊かさに着目した紹介本や雑誌記事が増えてきた感がありますが、あまりイデオロギー的に捉えることなく、多面的にみることが大事ではないかという気がしています。 寺田寅彦のエッセイもそういうのどかで平和な戦前の日本を具体的に示してくれます。寺田寅彦は、科学者にして随筆家として、夏目漱石の『吾輩は猫である』にもモデルとして登場しますが、科学的エッセーだけでなく、こういった日常的なエッセーも残してくれたことは有り難いことです。家庭内の平凡な出来事、外出時のこと、映画、コーヒー、新年、ピクニック、小旅行など、戦前の大衆文化を、広汎に描いています。寺田の随筆は、当時の時代のことを、当時の目線で味わってみるための貴重な機会を与えてくれています。

本棚に登録&レビュー

みんなの評価(0

--

読みたい

0

未読

0

読書中

0

既読

0

未指定

2

書店員レビュー(0)
書店員レビュー一覧

みんなのレビュー

レビューはありません

Google Play で手に入れよう
Google Play で手に入れよう
キーワードは1文字以上で検索してください