
〔電子〕日本で老いて死ぬということ 2025年、老人「医療・介護」崩壊で何が起こるか
日本で老いて死ぬということ 2025年、老人「医療・介護」崩壊で何が起こるか
朝日新聞迫る2025ショック取材班
2016年6月24日
朝日新聞出版
1,500円(税込)
人文・思想・社会 / ノンフィクション
団塊の世代が75歳になる2025年、家でも病院でも死ねなくなる!? 「多死社会」を迎えて病院がパンク、政府は在宅の看取りを推奨するが、訪問医師、訪問看護師、介護福祉士の数が足りない。今、何をすべきか? 豊富な現場取材をもとに考察する。
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人は死に方を選べるのか?
2025年、団塊の世代が中心となる「多死社会」 思う通りの死に方ができるだろうか? 死に方を選ぶ事ができるだろうか? 今のままでは、 病院は満床 介護施設も空き待ち 自宅に来てもらうドクターや訪問看護ですら、充分には程遠い。 そうなると待っているのは 「孤独死」 自分でできる事は、 死ぬ直前まで人の役に立ち、収入を得る。 健康を維持する。 自分の役割を持つ事は、 最も有効な「認知症を予防する方法」 脳が萎縮しているにも関わらず、「役割を持つ」事で認知症の状態にならない例があるのだ。 無償ボランティアでも良いだろう。 私は収入を得る事で、生活の中のお金の悩みを減らすだけではなく、お金を頂く「責任」も有効であると考える。 健康を維持する事は、「メンタルを整える」事ではないかと考える。 病気は自分の脳が命令して、細胞が病気の形になる、そう思うのだ。 健康でいられれば、医療費が削減でき、その分を介護に使える。 医療費に無駄は無いか? 健康な人すら「病名をつけて」病気にしていないか? 自分らしく生きる為に、最期まで自分に責任を持ちたい。
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