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ワープする宇宙

リサ・ランドール「ワープする宇宙 五次元宇宙の謎を解く」

--2019年12月27日

長江貴士

書店員

ワープする宇宙

リサ・ランドール/向山信治

2007年06月30日

NHK出版 3190円(税込)2007年06月30日

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とにかく本作は難しくて、簡単には読み進められなかったんです。ページ数も600ページ以上となかなかの分量ですが、しかし分量以上に内容の難しさの方が障壁で、久々に大変な読書となりました。 しかし一方で、もう無茶苦茶面白かったわけです。最新の物理学についてここまで詳しく、そして難しいとは言えここまで判りやすく書かれた本はないのではないかと思えるくらいでした。 本作は、著者であるリサ・ランドール氏が1999年に提唱した「ワープした余剰次元」という考え方について書かれた本、ということになります。しかしそれについて書かれているのは全六章構成中僅か一章だけです。では残りは何が書かれているかと言えば、近年の最新物理についてです。 もう少し詳しく書きましょう。第一章では、これからどんな物理学の驚異について触れるのかというガイドラインのような役割の章です。第二章から第四章に掛けて、相対性理論や量子論やひも理論を初めとした、近年の物理学の進展の歴史をかなり深いところまで説明してくれます。そしてようやく第五章で、本作のメインとなる「ワープする余剰次元」の話になり、第六章が結びの章という展開になります。 ではまず、その「ワープする余剰次元」という発想について僕の理解の及ぶ範囲で説明をしようと思います。 まず要約するとこうなります。 『二枚の性質の異なるブレーンによって、第五番目の時空(バルク)を挟み込んだ余剰次元理論で、素粒子物理学の最も重要な問題である階層性問題を解消出来る』 まあこういう話になるわけですけど、これじゃあ意味不明ですよね。もちろんそれはそうなんです。つまり、第二章から第四章で何故最新の物理学の進展について書いたかというと、その前提がなければ基本的にこの「ワープする余剰次元」の話を理解することが出来ないからです。まあそんなわけで僕がこれを今から何となく説明しようというのも無謀なんですけど(この無謀という意味には、僕がそもそもちゃんと理解できているわけではない、という意味も含まれるのだけど)、まあなんとか頑張ってみようと思います。 まず『ブレーン』の説明からですね。これは、今物理学者がもっとも期待している『ひも理論』というものから導き出される概念です。どういう点でひも理論が注目されているかと言えば、一般性相対性理論と量子論を統合できる唯一の理論であるように今のところ思える、という点です。一般性相対性理論と量子論というのはスケールの大きさによって影響力に違いがあって、大きなスケール(天体などのようなもの)には一般性相対性理論の効力が強く量子論の効力は弱く、また小さなスケールでは量子論の効力が強く一般性相対性理論の効力は弱くなります。しかし、ある特定のスケールにおいては、どちらの効力も無視できなくなるようなのです(これは、小さいスケールよりもさらに小さなスケールでの話です)。そこでは、一般性相対性理論と量子論のどちらの効力も有効であるはずなのに、その二つの理論が矛盾した結果を導き出します。それをうまいこと解消して、二つの理論をまとめる最も有効な理論としてひも理論が注目されているわけです。 さてそのブレーンですが、ある特定の次元を持った膜というようなイメージです。僕らは三次元の空間に住んでいますが、ブレーンはある一定の範囲内のどの次元の値でも取ることが出来ます。まあそういう膜だと思って下さい。 さてこのブレーンというのは、力と粒子をその内部に留めておくことの出来る性質を持っています。イメージとしては、風船の中に粒子や力が閉じ込められてると思って下さい。ひも理論によれば、ほとんどのもの(粒子や力やエネルギー)はこのブレーンから外に出ることは出来ません。ブレーンの外にはバルクという別の空間が広がっているとされますが、ブレーンに閉じ込められた粒子たちはそのバルクに行くことは出来ないし、またその先にあるかもしれない別のブレーンともなんらかの相互作用をすることは出来ません。 ただ、唯一重力だけはブレーンの内外を自由に行き来することが出来るとされます。これは、重力を伝えるとされるグラビトンという粒子(まだ実験によってその存在が確認されたことはない粒子です)が、『閉じたひも』の振動によって生まれるためです。ひも理論によれば粒子には二種類あって、『開いたひも』から生まれるものと『閉じたひも』から生まれるものです。開いたひもの場合、その両端は必ずどこかのブレーンに捉われているため(これがそもそもブレーンというものの定義です。つまり、ひもの両端が接して捉われている場所というのがブレーンなわけです)、開いたひもから生まれる粒子はブレーンから出ることは出来ません。しかし、閉じたひもはブレーンに捉われていないために、ブレーンの外にも自由に行き来することが出来るわけです。 さてこの「ワープする余剰次元」理論では、このブレーンが二枚向き合っている状況を考えます(それ以外のモデルもあるわけですが、とりあえず素粒子物理学でもっとも重要な階層性問題を解消するモデルについて書きます)。ブレーンが向き合っているというのは想像し難いかもですが、簡単にするために鏡のような二次元の板(これをブレーンの代わりと考える)が二枚向き合っていると考えてください。僕らが住んでいる(とされる)ブレーンは四次元の時空次元に見えるわけですが、実際はブレーンからブレーンへと進む方向にももう一つ次元があるとされます。これが余剰次元と呼ばれるもので、僕らが住んでいる世界は実際は五次元なのだけど、ある事情によってその五番目の次元が見えなくなっているために、この世界は四次元に見える、というわけです。 さてここで、書く順番を間違えたような気もしますがそこはまあ気にせず、『階層性問題』について書こうと思います。この階層性問題というのは素粒子物理学の最大の問題で、これまでこの問題を綺麗に説明できる理論やモデルを考えた人はいないようです。 さてこの階層性問題というのはどういうことかと言えば、重力はなぜこんなにも微弱なのか、ということになります。しかしこの階層性問題は僕もイマイチちゃんとは理解出来ていないので、なんとなくの説明になると思います。 世の中には四つの力があるとされていて、それが『電磁気力』『重力』『弱い力』『強い力』となります。この内問題となるのは『重力』と『弱い力』です。 でここから僕にはうまく説明できないんですけど、そもそもの発想として、この四つの力は高エネルギーでは一つの同じ力にまとまるはずだ、と考えられています。となると、最終的に重力も弱い力も同じ程度の条件で作用しなくてはならないと考えられます。 しかし、それがうまくいきません。重力の強さは「プランクスケール質量」というものによって決まり、弱い力の強さは「ウィークスケール質量」というものによって決まるわけですが、その両者の質量は実に10の16乗ほども大きさが違うのだそうです。つまりこれは、弱い力と比べると重力がとんでもなく小さい、という風に説明できるんですけど、これがどうしてそうなるのかということに具体的に答えが与えられたことはこれまでなかったわけです。 しかし、リサ・ランドールは「ワープする余剰次元」理論によってこの階層性問題を解消したわけです。 というわけで話を元に戻します。二枚の二次元の板をむき合わせ、その間にバルクという五番目の時空が広がっている、というところまで来たはずでした。さてここでもう一つブレーンの持つある性質を考えます。それは、ブレーン自体もエネルギーを帯びている、という性質です。一般性相対性理論によれば、エネルギーというのは時空を歪ませる働きをします。その効果を「ワープする余剰次元理論」に適応すると、一方のブレーンからもう一方のブレーンに向かって、トランペットの口(あるいはじょうご)のような形に時空が歪曲(ワープ)されるということが判りました。これこそが、階層性問題を解消する構造なわけです。 ブレーンが二つ向き合っているといいましたが、この二つのブレーンはそれぞれに性質が違います。一方は『重力ブレーン』と呼ばれていて、要するにそこで重力が生み出されるわけです。しかしここで生まれる重力は、僕らが四次元の世界で感じる重力ではなくて、五次元の世界での重力ということになります。そしてもう一方のブレーンが『ウィークブレーン』と呼ばれていて、このブレーンこそが僕らが住んでいる世界になります。 さて、重力ブレーンで作られた重力(たぶんこの表現は適切ではないと思うけど、まあわかりやすい説明ということでいいかなと)は、歪曲(ワープ)された時空を通る中でその力が指数関数的に減少して行くわけです。この効果により、自然な形で重力が弱いことに説明がつく、というわけです。まあこれが「ワープする余剰次元」理論の大体の大枠という感じですね。 しかしやっぱり、一般性相対性理論や量子論やひも理論の理解なしにこの余剰次元の理論を理解することは難しいだろうと思います。僕は、本作で一般性相対性理論なんかの進展をちゃんと読んで、なんとかついていけたかなというレベルです。 まあしかし、とにかく面白い本でした。何よりもすごいのは、出来る限り判りやすく説明しようとしている部分です。 とにかく現代の物理学というのは、一般人が(僕を含めてですが)その概要を理解することがそもそもほとんど不可能なくらい難しすぎる学問になってしまいました。一般性相対性理論や量子論なんかは、もちろんそれはそれで難しいわけですが、まだ判った気になれるレベルではあります。等価原理はエレベーターを使った説明で理解した気になれるし、速度が速いと時間が遅く流れるというのも光子時計の説明で十分理解できます。量子論の不確定性原理も観測という観点から考えればまだ理解できないこともないし、波と粒子の二重性や波動収束なんかも意味はよくわかりませんが、まあそういうものかという風に割り切ることは不可能ではありません。 しかし素粒子物理学はさらに先に進んでいて、もはやその先の領域は何だかイメージしたり割り切って理解したりすることすら困難なところに入って行きます。存在しないかあるいは存在してもほんの一瞬しか存在できない仮想粒子というものを考えたり、対称性だの対象性の破れだのヒッグス機構だの階層性問題だのと、とにかく難しいわけです。で何故これらが難しく見えるかというと、そもそも実験によって確認するのがほぼ不可能だという点があると思います。 一般性相対性理論や量子論なんかはそれでも、実験によって確認できる事実が多数あるし、実際にカーナビの技術に一般性相対性理論が、精密機械の根本的な部分には量子論が使われたりしていて、僕らがきちんと理解することが出来なくても、それを実際に実用的に使っている人もいるし、実験によって目に見える形でそれを確認している人がまあいるわけです。 しかしひも理論だの大統一理論だの余剰次元理論だのと言ったものは、そもそも目に見える形での痕跡がありません。一応ようやく完成したらしい高エネルギー大型ハドロン加速器という実験施設によって、余剰次元理論が正しいのかという検出が出来るかもしれないと期待されているようですが、しかしそれも何かの粒子の痕跡が残るというだけの話であり、ひも理論におけるひもそのものや、あれいは余剰次元理論におけるブレーンが直接見えるというわけではありません。そういう意味で、とにかくとっつきにくいのだろうなと思います。 また物理というのは昔と比べてどんどん変わっているわけです。昔は、目の前に現れた現象を説明するために何らかの理論を導き出す、というのが普通だっただろうと思います。しかし最近ではそうではなくて、まずこういうモデルだったら現実の世界をうまく説明できるよ、という理論を構築し、もしこれが正しいとしたらこうなるだろうという予言をし、それを実験で確認するという感じになっています。 (以下略)


長江貴士ながえ・たかし

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