いつか記憶からこぼれおちるとしても
朝日文庫
江國香織
2005年11月30日
朝日新聞出版
638円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
吉田くんとのデートで買ったチョコレートバーの味、熱帯雨林にすむ緑の猫への憧れ、年上の女の細くて冷たい指の感触…。10人の女子高校生がおりなす、残酷でせつない、とても可憐な6つの物語。少女と大人のあわいで揺れる17歳の孤独と幸福を鮮やかに描き出した短篇小説集。
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(無題)
時間の経過あるいは年齢を重ねると共に記憶の底に沈んで忘れ去られるかもしれない青春の一コマではあるが、その渦中にあっては、特に女の子にとってはかけがえのない出来事なのである。だから、男の大人が読むと「だからどうしたの」との感想しか持ち得ない事柄が綴られている。反対に女性にしてみればかつて自分が女子高生だったころに重ね合われせて「あの頃は、確かにそうだった」あるいは「この子は自分に似てる」などとの感想を抱くのだろう。 さて、本作は6編の連作短編集である。都会の経済的には恵まれた私立女子高に通う17歳の少女たちの日常が描かれる。思春期の少女達の感性が江國流の言葉で表現されている。そのみずみずしさは驚くほどだ。例えば第1編の「指」。菊子は電車の中で痴漢にあう。しかし、その冷たい指を持った痴漢が女性であるところが非日常的だ。世の中には同性愛があるのだから、それもアリかなと思うが、電車の中で痴漢行為をするだろうか。当の菊子は痴漢ではないと直感し、その女性に惹かれていく。そして、その女性を不感症ではないかと疑う。ここの感性が江國ならではである。その女性は結婚しているが別居中で、婚家から自分のマンションに通勤するように毎朝帰ってくる。無論子供もいない。バージンの女子高生が大人の女性を不感症と疑うのは、一体どんな意味があるのだろうか。それを性的な不感症ではなく、これから成人、結婚、出産のイニシエーションを迎える女が結婚しているが別居、そして子をなしていない女への非難と見るのは大胆すぎるであろうか。 もう1つ、この時期の母親との距離感を明確に読み取れるのも面白いところだ。思春期の母娘の距離は友人との距離と同じほどに近く見える。ところが彼女たちは、母親の買い物に夫から妻への愛が既に失われていることを敏感に見抜いており、冷静に見放している部分もあるのだ。こうして女子高生の日常を子細に観察すれば、案外いろんな事が見えてくる。それをサラリと書き流すあたりは、流石というべきものがある。
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