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新刊最速レビュー

亮介の決意、快彦の思い。かたくなな心を開くノックの音。土砂降りの後の晴れ間のようなきらめきに思わず涙。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年07月27日

2024年07月27日

罪を犯す人間の業を描き続ける薬丸岳の新刊は、罪の向こうにあった友情の物語。 父を亡くし恋人にも去られ孤独をさまよう弁護士快彦。20年も音信不通だった従弟亮介は殺人罪で服役中だった。そして不可解な身元引受人依頼。 母の自死、父親が遺した母からの手紙、突然の亮介との同居。混乱する快彦の生活。 人を傷つけたり人に傷つけられたりしたくない。そのために人と深く関わる事を避けてきた。それで構わないはずだったのに。 自から暗く狭い籠の中を選んだ孤独な心が本当に求めていたのは、扉を開けてくれる温かい手だった。 ノックもなしに飛び込んできた亮介によって連れ出された外の世界、でも、亮介の抱える罪はあまりにも意味が大きすぎた。 人は一人で生きていけるのだろうか。誰にも頼らず、誰にも心を開かず、誰からも必要とされず、ただ一人きりで。 亮介によって変わっていく快彦の、その変化がうれしくて。元恋人に勘違いされたらいやだなぁ、などと現実レベルの心配をしていたのに。 ずっと通奏低音のように響き続ける不穏な秘密。知りたくない、快彦にも知らせたくない、という儚い願い。 見つけてしまったその秘密の、あまりの残酷さに現実を呪ってしまう。 亮介の決意、快彦の思い。かたくなな心を開くノックの音。土砂降りの後の晴れ間のようなきらめきに思わず涙。
新刊最速レビュー

深海でしか生きられなかった二人の、行違ったままの思いが切ない。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年07月27日

2024年07月27日

世の中に余命モノの小説はあふれるほどあるけれど、余命宣告された女の子との、自分だけの思い出がなぜベストセラーになっている、という設定にまず惹かれる。しかもその女の子の最期は病によるものではなく線路からの転落によるという。病院を抜け出してどこに行こうとしていたのか。そもそも、それは自殺なのか事故なのか。 そして自分だけの思い出を小説として書いた少年が自分が教える学校に転校してくる。 なんとも複雑な様相を呈している。あまたある余命モノとは一線を画している。 本当のことを知るための帰郷。彼自身の不幸な生い立ちもまた複雑な思いに拍車をかける。 知っている過去。知らない過去。彼女の本当の姿。少しずつ明らかになる謎。 深海でしか生きられなかった二人の、行違ったままの思いが切ない。
新刊最速レビュー

球子と勇。ふたりの平行な思いがたどり着こうとしている地平線

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年07月27日

2024年07月27日

女であること、男であること。それはただそのどちらかである、というそれだけのことではなく、それに付随するあらゆることをひっくるめて「女」であったり「男」であったりとみなされること。 女だから仕方ない、と許されること。女だから男によって守られること。それは「女は男より弱い」という大前提による。 それを当たり前のこととして受け入れていたり、あるいはだからラッキーだと思える人にとってこの球子の言動は信じられないものだろう。 なぜそこまで、と思うし、行動の目的地がおかしい、と思うし、もう少し別のやり方もあるだろう、とも思う。 けれどそこまで球子が追い詰められていたのだとしたら。 球子が勇に対して抱いているアンヴィヴァレントな思い。勇が球子に対して抱いている真摯な思い。 二つの平行な思いがそれでもたどり着こうとしている先が同じなら、いつか一つになれるだろう、いや、なるかもしれない、いやいや、なって欲しい、と思っている。 そして「存在よ!」に揺さぶられる感情の大きさにおののいております。 とんでも話なのか、と思いながら読んでいった先の、まさに想像をはるかに超えた地平線。 ここにいるのに、ここにいる私を誰も見てくれない。いないものとしてスルーされてしまう私の存在。 二つの見えない魂の邂逅。 まさかお化けに感動の涙を誘われるとは。 キヌと椅子。よかったね、と抱きしめたい。
新刊最速レビュー

とにかくとにかく面白い。最後まで走り続けたくなるので休日前に読むことをおススメする。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年07月20日

2024年07月20日

圧倒された、厚さにも内容にも。 起訴有罪率99.9%。某ドラマのタイトルにもなっていたのでこの数字には見覚えがある。 いったん起訴されてしまったらほぼ有罪が確定してしまう日本の司法制度。 そこにあるのは「自白」優位性による冤罪。 数々の小説やドラマや映画で見てきた刑事、検察官による圧迫取り調べ。 これは一般ぴーぽーが耐えられるはずもない恐怖だ。本当にやっていなくてもその激しさや恐ろしさから逃れるため、そしてとりあえず認めてしまってもきっと裁判で無実が証明されるだろうから、と「自白」してしまうのもわかる。だって自分は無実なんだから、きっと最後にはわかってもらえる、と。 甘い。そんな考えの甘さを持っていた自分が怖い。多分自分でも目の前の恐怖から逃れるためにやってもいない罪を自白してしまうだろう。 だって私は無実なんだから。 駆け出しの弁護士志鶴が担当するのは誰が見ても怪しい中年の男。女子中学生を暴行して殺し、証拠隠滅のために漂白剤をぶちまけた犯人。 誰もが彼の有罪を確信するだろう。「自白」のほかにもDNA鑑定による証拠が見つかる。これはもう完全に犯人だな。 けれど志鶴が信じた彼の無罪。そこから始まる長い闘い。 刑事事件について何も知らない頭で読んでいってもとにかく面白い。 どうやって冤罪が生み出されるのか。それをどうやって覆していくのか。そして裁判というものの意味とは。 丁々発止のやりとり、手に汗握るせめぎ合い。 この厚さは伊達じゃない。 とにかくとにかく面白い。最後まで走り続けたくなるので休日前に読むことをおススメする。
新刊最速レビュー

読み終わった後に残る心地よい疲労感と満足感、そして漂う切なさ。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年07月15日

2024年07月15日

「犯人当てミステリの大傑作」というあおり、まさに! 莫大な遺産を残して亡くなった大叔母フランシスの、その財産を賭けた犯人当て。 16歳の時の占いを信じ、60年間自分を殺す相手を調査し続けた大叔母は、狂気の人だったのか。 若きフランシスに起こったこと。そして現在、二つの謎を追うアニー。 誰も彼もが怪しい。怪しさに全て根拠がある、動機もある。正しく読んでいけばたどり着けるはずのミステリ。 なのにたどり着けない自分の頭を恨む。血走った目で、沸騰する頭で、必死に追うヒントのカケラ。 読み終わった後に残る心地よい疲労感と満足感、そして漂う切なさ。
新刊最速レビュー

言葉が圧倒的な力でもって頭に流れ込んでくる。音と温度の濁流の中を必死で追い続ける読書体験。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年07月15日

2024年07月15日

言葉が圧倒的な力でもって頭に流れ込んでくる。音と温度の濁流の中を必死で追い続ける読書体験。 聞きなれない言葉で立ち止まることさえ許されないまま先へ先へと押し流されていく。 理解するんじゃない、飲み込むんだ、と言われたような熱さ。 祖父母の代でかろうじて戦争に関わっているであろう年代の、それでも沖縄という地で生まれ育った作者だからこそ描ける立体。 彼らはきっと知らなくてもわかっているんだ、と思う。 戦争を過去のものとして平面的に拒否している自分の冷たさを、その薄さを突きつけられている気がする。

読み返すごとにいろんなものが見えてくる。高瀬乃一、これからも推す。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年07月09日

2024年07月09日

第100回オール讀物新人賞を満場一致で受賞した中編を含むデビュー作『貸本屋おせん』を読んだとき、「よし!全力で推そう」と心に誓った。誓ったはいいが、自店ではなかなか思うように売ることができずにいた。じくじたる思いを抱えていたある日、選考委員を引き受けている“書店員が選ぶ時代小説大賞”の候補になんとおせんが選ばれてきたではないか。推しが推されにやってきた。嬉々として臨んだ選考委員会の席上、あの手この手でおせんの魅力を訴え続けた。天涯孤独の貸本屋を営むおせんが巻き込まれる(あるいは首を突っ込む)本にまつわる事件たちを描いた連作中短編集は、おせんのキャラクタと彼女を取り巻く人々の優しさや幼馴染みとのかけあいがいい具合に混じり合ってとてもとても読み心地の良い捕物帖なのだ!と。そしてなにより紙好き本好きたちの心をわしづかみにするビブリア小説なのだよ!と。しかし、残念ながらおせんは次点となり大賞は逃 してしまったのだ。あと3時間ほどあれば他の選考委員を説得できたかもしれぬ、無念…などと思っていたところに届いた二作目がこの『無間の鐘』だ。 寡聞にして未知だったが、これは遠州は小夜の中山にある観音寺の梵鐘で、打てば現世では富貴に恵まれるが来世で無間地獄に堕ちまた、その子どもは地獄のような今生を生きることになる、という恐ろしい鐘だという。この鐘のミニチュア版を持って世を渡り歩き、欲にまみれた人々を無間地獄へといざなうのが十三童子という僧形の人物。柿衣に八目草鞋、首から結袈裟をかけ手甲で覆われた手に錫杖を持つ見目麗しく怪しげ極まりない十三童子がある嵐の日に迷い込んだ小屋で十二人の水主たちに語って聞かせた物語たちだ。 今も昔も人の世には欲があふれている。人が人として生きていく根源的力というのは叶おうが叶わまいが得てしてこの「欲」から生まれてくるものなのだろう。 『無間の鐘』にでてくる欲は子どもが願う切ないものから人の生き死ににかかわるものまでその重さと深さはさまざまである。そのひとつひとつに十三童子のたくらみが絡まっていく。死んだあとも八万四千大劫もの長い間続く地獄と、自分の子どもが味わう今世での地獄、それと我欲を天秤にかけてしまう人間の愚かさ。目の前にある欲が、願いが叶うことが自分にとって幸せなのか。本当の幸せとは何なのか。それは自分の死後と子どもの地獄と釣り合うものなのか。十三童子の語りに思わず我が身を顧みる。 例えば親孝行の鐘を撞いた権蔵。廻船問屋大黒屋の放蕩次男坊の、当世一の金貸しになりたいという願いは、意外と生真面目な質と運も手伝い10年ほどで叶えられる。願いが叶った後で払うはずの代償。それは、子どもを持つ前にはわからなかった「子どもが堕ちる地獄」という恐怖そのものなのだろう。けれどそんな眉間にしわのよりそうな辛気臭い 話で終わらないのが高瀬乃一のいいところ。思わずニヤリとする展開が心地よい。 つ目の、嘘の鐘を撞いた勘治の話が実は一番好きだ。名の知れた錺職人だった祖父が倒れ、破落戸の父親にたかられながらも職人として細々と仕事を引き受ける毎日。そんな勘治の願いは父親との縁切り、のはずがなぜか病に伏し頭もぼんやりしていたはずの祖父が急に元気になり勘治に技を仕込み始める。おや?願いを間違えたのか?といぶかりながら読むその先の思わぬ真実の見事さよ。 黄泉比良坂の鐘を撞いた平太、慈悲の鐘を撞いたお楽、真実の鐘を撞いた根太郎、と水主たちに語る話が繋がっていくと読者はこれが1つの大きなうねりの中にあったことに気付かされる。無間の鐘は本当に欲を叶えてくれるのか。十三童子とはいったい何者なのか。なぜ業深き人間を無間地獄へいざない続けるのか。読み返すごとにいろんなものが見えてくる。高瀬乃一、これからも推す。
新刊最速レビュー

美希喜の未来、珊瑚の今後、そして鷹島古書店の存在。少々のほろ苦さがいいアクセント。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月29日

2024年06月29日

ひたすら優しくて心地よくて読み終わった後に幸せな温かさに包まれた『古本食堂』の待望の続編。 今回はおいしい神保町ご飯と古本との幸せな時間の合間に、美希喜と珊瑚のそれぞれの「問題」が現れて少々どきどきと不安が降ってきた。 美希喜の未来、珊瑚の今後、そして鷹島古書店の存在。少々のほろ苦さがいいアクセント。 相変わらず登場人物みんなが優しくて温かくて、自分も一緒にここにいたい、と思わされるけれど、人生ってそんな心地よさだけでできてるわけじゃないだってこともまた真実。 美希喜と珊瑚の関係も、それぞれの「恋」も、鷹島古書店の今後もとにかく気になるので第三弾も早めにお願いします。
新刊最速レビュー

『屍人荘の殺人』で読者に強烈な印象を残した探偵、明智恭介。誰もが望んだはず、彼のことをもっと知りたい!と。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月29日

2024年06月29日

『屍人荘の殺人』で読者に強烈な印象を残した探偵、明智恭介。誰もが望んだはず、彼のことをもっと知りたい!と。 その、明智恭介の、あの事件の、数か月前のお話。 ミステリ愛好会に入ってしまった葉村くんと、「名」探偵明智さんの、「名」コンビによる「名」推理。 いや、それほんとに「名」なのか!? 4つの事件、4つの日常の謎を、明智のひらめきと突進に葉村くんのブレーキの共演が解決していく。あぁ楽しい。 明智さんのすっとこどっこいな推理にニヤニヤしつつも、あの事件の明智さんを思い、複雑な心境にもなる。 いや、まだ数か月あるんだ。まだまだ楽しませてくれなきゃイヤです、今村さん!! 個人的には誰も傷つかず、誰も被害に遭わなかった肌着切り裂き事件がツボ。そして、ラスト。お後がよろしいようで。
新刊最速レビュー

いや、これ、高校の政治経済の副読本にしたらいいんじゃないか?

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月26日

2024年06月26日

タイトルを見て、これはホラー系ミステリ?あるいはサスペンス?とびくつきながら読み始めたのだけど、ホラーでもサスペンスでもなく、あえていうなら政治経済系社会派警察小説とでもいおうか。 警察小説なので事件は起きる。だがしかし、今までの「誉田哲也」的警察小説とは一味も二味も違うのだ。 主要登場人物佐久間刑組課係長の視点と、最後まで謎の人物視点での展開のメリハリも、佐久間の部下たちの動きも、被疑者久和の意味不明な経済講義も、とにかく読ませる。 久和の人を食ったような態度に翻弄される佐久間と一緒に、なぜか「社会におけるお金」について学んでしまう。なんじゃこりゃ。 いや、これ、高校の政治経済の副読本にしたらいいんじゃないか? 政治と経済、国の予算と税金、そして国債。知ってるようで知らないあれこれがするすると頭に入る。いやいやそんな小説ではなく!事件よ事件はどうなった! 財務省の元官僚、政務次官、警察官、フリーライター。九年前の人身事故から始まるきな臭い展開。 誰が何をやったか、よりも、誰が何をやったがためにどうなったか、なにをどうしようとしたのか、に全く別の角度からのアプローチ。 “最強の悪に挑んだ”男たちの活躍をニヤニヤしながら堪能。佐久間組の活躍をもっともっと読みたい!!
新刊最速レビュー

6つの謎は、少々ビター。配達員たちが届けるヒントをもとに推理を広げる楽しさ、の後の苦み。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月26日

2024年06月26日

『#真相をお話ししますから』二年も経っているってことにまずは驚き。 今回の舞台は深夜だけ営業する客席を持たないゴーストレストラン。ビーバー・イーツの配達員が運び込む謎を解くのは、マジックミラーのごとき洞の目を持つ謎めいたシェフ。連作短編と見せかけた安楽椅子探偵モノ。 6つの謎は、少々ビター。配達員たちが届けるヒントをもとに推理を広げる楽しさ、の後の苦み。 全部読み終えてから二読目に入るより、一章ごとに読み返す方が臨場感があってよきかも。 「映像化」を軽々しく求めてはいけないと思いつつも、これは連続ドラマにぴったりだと思わざるをえまい。絵になる。
新刊最速レビュー

ひたすら面白いのに後ろめたい。独特の読後感を味わいたい方にぴったり。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月26日

2024年06月26日

一世を風靡した人狼ゲームが、まさかこんな形でTVバラエティになるなんて。しかも「したハラ」って!! 生放送のバラエティほど製作者側の神経をすり減らす者はないだろう。編集が利かない、というその緊張感と、予期せぬ失敗がかもす生感覚の高揚感の、絶妙なバランス。 けれど、その会場に出演者の死体があったら…いやいやいやいや、あかんでしょあかんでしょ! 崖っぷちのプロデューサーがこの危機をどうやって乗り越えるのか。 そもそも人狼ゲームである。そのお題が「ゴシップ」って荒れるでしょう、リアルタイムSNSは。 殺人事件の犯人は?動機は?方法は?って大問題をわきに寄せての進行。いいのかそれで。 出演者たちのキャラもありそな設定で脳内であの人この人が動き回る。 うまいねぇ。このセンシティブで大胆な展開。なんて、感心しながら結末よそうしつつ他人事のように読んでいってのアレですよ。やられましたね、森バジルに。 ひたすら面白いのに後ろめたい。独特の読後感を味わいたい方にぴったり。
新刊最速レビュー

情動刺激型SF短編集で芦沢央の新しい魅力堪能。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月25日

2024年06月25日

独身のまま死んだ者同士が結婚するためのアプリ、って。死者と生者の結婚の冥婚なら実際にそういう風習もあるけれど、死者同士の死後のためマッチングアプリってすごい発想。でもそこで終わらないのが芦沢央。 そこに「推し」活をぶつけてくるだから、生々しいったらありゃしない。もしかすると実際にそういうアプリできちゃうんじゃないの、って思ってぞわぞわした果ての、ラスト。うひゃ、ってなっちゃうね、まったく。 そんな表題作から始まる6つのぞわぞわSF。設定でびっくり、そしてラストでひっくりかえる。 ゲームを全くやらないので二話目にはついて行けなかったけれど、切なくなったりニヤリとしたり、情動刺激型SF短編集で芦沢央の新しい魅力堪能。

一気に力を込めて読むのではなく、いろんな場所でふんわりと読みたい物語たち。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月23日

2024年06月23日

6人の作家が描く6つのアジア(ほぼ台湾&香港)。 それぞれの作家のそれぞれの風景。 一気に力をこめて読むのではなく、一つずつ、いろんな場所でふんわりと読みたい物語たち。 お気に入りはよしんばとチャーチャンテン。 どの話が好きだったかお勧めし合いたくなる。
新刊最速レビュー

人の世の罪とはそうそうわかりやすくはない。罪の始まりはどこにあるのだろう。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月17日

2024年06月17日

捕物帖の主役はたいていがカッコいい。しゅっとしていて、鋭い閃きをもとに手下を自由自在に操り見事な勧善懲悪劇を披露してくれる。間違っても上役や仕事に愚痴なんか言わないし、字も上手い。 服部惣十郎。北町奉行所定町廻同心。出世のための手柄を求めず、罪人を捕まえるより、罪の芽を摘むことをよしとする。上役のご機嫌伺もせず媚びることもない。その姿勢は若くして亡くなった妻の父の背中を追うもの。 けれど惣十郎自身にはもともと心に秘めた思い人がいて亡き妻、そして義父に対してうしろめたさを持っている。 という、このあたりの設定が上手い。惣十郎の人となりも、彼に関わる人たちも、単なるわき役ではなく、この捕物帖の、すべてにつながる配役。 薬種問屋の火事、そこで見つかった二体の骸。二人の身元は?犯人は?目的は? 日々のお役目をこなしつつ事件を追い続ける惣十郎。人々を苦しめる疱瘡と、それを治療、予防しようとする町医者。 江戸の街でうごめく全く別の出来事たちが1つずつ星座の様につながっていく。星の真ん中にいたら星座は見えない。渦中にいる者にはそのつながりが分らないということ。 人が犯した罪は離れてみれば別の形をしていることもある。罪を犯すのも裁くのも人。 裁く己の正義は、必ずしも正義とは限らない。罪の始まりはどこにあるのだろう。 時代小説、特に捕物帖の魅力は読み終わった後のすっきり感だろう。善を勧め悪を懲らしめる万能感。 けれど、人の世の罪とはそうそうわかりやすくはない。苦い思いでページを閉じる。この苦さ、癖になる。
新刊最速レビュー

解説書きました!!

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月13日

2024年06月13日

世界をコロナ(COVID-9)の感染拡大が襲い各国がロックダウンによる都市封鎖やワクチン接種によって危機を脱出してから数十年後の近未来が舞台。 人々を感染から守るための繭システムの外で働く警察官アキオと相棒の猫型AIロボット咲良。 ふたりが出会い解決していく日常の事件。ほのぼの系と見せかけてその裏に描かれる社会的問題にこそ注目すべし。 そして読後も残る作者が仕込んだ宿題。始まりの終わりの始まり。
新刊最速レビュー

大切なものを、大切なことを探す旅は、心のどこかで続いている

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月12日

2024年06月12日

『七夜物語』から12年。新たなる冒険の物語が生まれた。 30年前に、七つの夜を冒険したさよと仄田くんは大人になり、ともに10歳の少年と少女の親になっていた、ってなんとエモいことよ。 前半はりらと絵の日常の世界。少し変わった少女りらはクラスメイトからいじめられているけど、まったく気にしない。彼女には彼女の「気になる世界」があるから。そのりらのことをカッコいいと思っている絵。絵にも彼なりの心配事と苦労はあるものの、彼の役割はりらの世界を守る事のよう。実際にはなにもしないのだけど、そのなにもしないけどそばにいることの大切さを、多分大人ならわかるはず。 2010年台を舞台とすることで、「今」よりも少し不自由で狭いリアルが描かれる。2024年の10歳であればまた別の感じ方になるような。 りらは考える。世界のひとつひとつを見て観察してそして考える人。絵は世界を感じる人。そんな二人にとって、親よりも自分たちに近く、自分たちよりも少しオトナな存在のメイの存在は大きな指標。 夜の学校の冒険で二人は無意識恩世界を旅する。それぞれに心の奥深くへと潜っていき、自分にとって大切なことを探す。彼らは大人になればいつかこの冒険のことを忘れてしまうのだろう。でも記憶が薄れても、いつか忘れてしまっても、その冒険自体は二人の心のどこかに生き続けていく。 私たちも10歳だったころ、きっと同じように心の奥深くに冒険の旅に出ていたのだろう。忘れてしまったとしても多分。 だから、大切なものを、大切なことを、探す旅は、心のどこかで続いている、そんな気がする。
新刊最速レビュー

読みながら「本質」という波にさらわれそうだった。頭がぐるぐるする。大切なことが頭と心から漏れ出してしまうのを必死に抑えている。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月06日

2024年06月06日

寡聞にして未知だった百瀬文という美術家の、心と身体を削り取るように書かれたエッセイは、それでも削り取られているのは彼女のほんの表層でしかなく、その奥にしかと息づく骨までは決して削り取ることはないのだろう、という気がしてならない。 けれどそれは決して表面的なことしか書いてない、なんて薄っぺらい感想には届かないほどの厚みのある表層であるから手ごわい。 なめらかな人になりたくてVOI脱毛をし子どものままの身体を手に入れ、三人の男性たちと一緒に暮らす彼女は、幼いころに手に入れることのできなかった「母親」との蜜月、身体的接触と精神的抱擁にまみれた濃厚な関係をやり直す、生き直しの延長線上にいるのだろう。 彼女がともに暮らす三人の美術家たちは、それぞれに彼女との(外から見たら)いびつな関係の中で彼女の脱皮を手伝っているような気がする。 彼女が1つずつ自分の中のこだわりと矛盾を自覚し手放していけるように、ただそばにいてくれる「家族」の様に。 読みながら「本質」という波にさらわれそうだった。頭がぐるぐるする。大切なことが頭と心から漏れ出してしまうのを必死に抑えている。
新刊最速レビュー

日々流れていく大量の情報や、瞬時に交わされるその場だけの文字たちに、それでもすがりたいほどには私たちは何かを求めている。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月06日

2024年06月06日

誰かのために紡ぐ言葉、誰かのために綴る文字、その優しさをずいぶん前に手放してしまっていた。 1人ぼっちの部屋に届く一通の手紙、その温かさにずっと救われていたのに。 九か月で仕事を辞めてしまったみなとと、学校に行かない高校生あすかの、二人が始めたビジネス、文通屋。 いいねぇ、その発想。 日々流れていく大量の情報や、瞬時に交わされるその場だけの文字たちに、それでもすがりたいほどには私たちは何かを求めている。 今すぐ返事をしなきゃ、読んだらすぐに!という呪いのような関係の中で、便箋を選び、切手を選び、ペンを選んで一文字ずつ文字を書く。ポストに出してから返事が戻ってくるまで一週間かかるのが当たり前。 そんな、手紙が生み出す時間のラグさえ愛おしい。 自分が書いた手紙はコピーでもしておかなければ自分の中には残らない。 書いたことを忘れてしまう。でも、それでいいんだと、記憶を預け合う相手がいればいつかそれが必要なときにきっと届けてもらえるんだから。 働くことの意味って何だろう、と読み終わった後も考えている。好きなことを、得意なことを、やりたいことを仕事にする。そんなのほんの一握りの人にだけ赦された特権なのかもしれない。 それでも、生活のためと割り切って、やりたくないことも、やる意味のないことも、誰かがやらなきゃいけないことをただやり続ける。それも必要なこと。 そう思うと、今の自分がすごく恵まれているって気付いた。 2人のビジネスがこの先どうなっていくのか、そして二人の関係はどんなふうに変化していくのだろうか。それを想像するのも楽しい。

見えない火花の激しさよ。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月03日

2024年06月03日

高校卒業から15年後の再会。 予備校時代の同窓会の宴会中に突然起こった恩師殺人事件。 なぜ犯人は恩師を殺したのか。 事件後、残された出席者たちが語り合うなかでのスリリングなやりとり。 小春が見つけていく「事件」の裏。そして名探偵優佳があばくもくろみ。 見えない火花の激しさよ。

名探偵碓氷優佳、という存在は女子高生時代にすでにで完成していたのだな。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月03日

2024年06月03日

名探偵碓氷優佳が女子高生だった頃。 中高一貫のお嬢様高校に途中から入学した優佳が解いていく日常の謎を、「親友」小春が語る連作短編集。 同級生たちの何気ない言動から「事件」を見つけて、その謎を解いていく、というか、事件を暴いていく、というか、その出来事の向こうにある「真実」について教えてくれるというか。 名探偵碓氷優佳、という存在はすでにで完成していたのだな。 いやはや、「名探偵」という存在の全く別の形を見せられる。 優佳の頭脳、こわいねぇ。
新刊最速レビュー

現在進行形で悩み苦しむ人にとって、救いにはならないかもしれないけれどお守りになることはできる。これはそんな小説。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月03日

2024年06月03日

好きと愛してるの違いって何だろう。愛してなければ結婚ってできないの? 「愛」の形はそれぞれだと、「結婚」の形もそれぞれだと、頭ではわかっているしその多様性を受け入れてもいる。でも本当にわかっているのだろうか、自分は。 誰かと出会って、恋をして、結婚して子どもを産んで育てる。それが不通の当たり前の幸せだと思っていたし今もその考えが頭にはある。 結婚に関しては、してもしなくてもお互いがよければいいじゃん、と思いつつも、一緒に暮らすのであれば「結婚」という契約で受けられるメリットを思うとして損はないとも思ってしまう。 それが大きなお世話であると分かっていても。 アロマンティック・アセクシャル。 性の多様性の中でも特に理解されづらい人たちだろう。好きになった人が、結婚して普通に家族として生きていこうと思ったひとが、そうだったら。逆に自分がそうだったら。お互いにどれだけ苦しいだろう。 マチズモの呪縛にとらわれている一番と、アロマンティック・アセクシャルを自覚し始めた千凪のカップルの、その人生の困難さよ。 正解なんてないのだろう。正しい関係なんて今は分からないのだろう。一番も千凪も苦しむ未来しか見えない。それでも、今、お互いにお互いを必要としているのなら、一緒にいればいい。もし、どちらかがより深く苦しむ時が来たら、その時にまた関係を見直せばいい。 現在進行形で悩み苦しむ人にとって、救いにはならないかもしれないけれどお守りになることはできる。これはそんな小説。

碓氷優佳シリーズ始まりの事件。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月01日

2024年06月01日

碓氷優佳シリーズ始めの物語。 大学の同窓会旅行。メンバーの一人が部屋から出てこない。応答もない。寝ているのか、あるいは… 犯人が目論んだ密室殺人。目的は? 姉に同行してきた碓氷優佳が見つけていくいくつかのカケラ。そこから導き出される推理。 「事件」を解決しない探偵登場。

碓氷優佳の冷静で冷たい眼と超人的推理力。シリーズ第二弾。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年06月01日

2024年06月01日

碓氷優佳シリーズ第二弾。 二泊三日の社員研修中に、社長日向が自ら社員である梶間に殺されるために仕組んだ数々のしかけ。 ゲストとして同席した碓氷優佳が冷静で冷たい眼で暴いていく罠。 社長は無事に殺されるのか。優佳に阻止されるのか…という倒叙ミステリ。終わらないラスト。

ひとつひとつの謎解きとお酒と料理にほくほくした先の、これよ!

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年05月29日

2024年05月29日

前作を読んでから17年ぶりの再会。やっぱり面白い。 物語の中では10年ほどの時間が流れていた設定か。 大学からの飲み友達3人に、大人一人子ども二人が加わった二家族の家飲み。 最高の酒と肴とミステリスパイス。毎度、「そういえば」から始まる出来事を、悪魔に魂を売って頭脳を手に入れた男長江が解く、の、だけれど! いやぁ、楽しかったなぁ。ひとつひとつの謎解きとお酒と料理にほくほくした先の、これよ!ニヤニヤが止まらない。

碓氷優佳シリーズ第三弾。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年05月29日

2024年05月29日

碓氷優佳シリーズ第三弾。 友人に誘われて参加した経営者の集い「箱根会」で起こった殺人事件。 完璧に見えた計画を優佳が冷徹に暴く倒叙ミステリ。 「はい、終了」という優佳の言葉に戦慄。 探偵がいるから事件は起こる、という。 探偵役の優佳の、「事件」や「謎解き」への関心の無さゆえの存在感。

2004年このミス8位、本格ミステリ3位。座間味くんシリーズの第一弾となる作品。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年05月29日

2024年05月29日

2004年このミス8位、本格ミステリ3位 ハイジャックされた飛行機の中でたまたま殺人事件の謎解き役をまかされた座間味くんの、活躍。 不登校の子どもたちを対象にした沖縄でのキャンプ。その指導者が無実の罪で逮捕。彼を救うため弟子たちが企てたハイジャック。その本当の意味とは、というお話。 ハイジャック中の飛行機内で突然乗客の死体が発見される。自殺か殺人かあるいは事故か。その謎解きをまかされた座間味くん事件簿がその後、シリーズものとなる。 ファンタジーミステリ。 文庫帯の「かつてこんなに美しいミステリーが、あっただろうか」にはちょっとギモン。
新刊最速レビュー

なんだ不思議系学生小説か?と思いながら読み始めてすぐに思わず正座。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年05月29日

2024年05月29日

コロナ禍での大学進学。入学式も無し、授業もオンラインのみ。誰とも合わない、誰とも分かち合えない不安のひとり暮らし。 あの時、日本中にどれだけの杏奈がいたか。 新しい暮らし、新しい人生の一歩、それが凍結されたまま過ごした二年間。 気付いたらもう大学三年生、急に突きつけられるゼミと就活。 不全感の中で、それでも見つけなきゃいけない新しい人生。 そんな杏奈の人生を変えるきっかけが、マリリン・モンローからの電話って?? 誰もいない下宿の、つながっていない電話の向こうにいるマリリン。 なんだ不思議系学生小説か?と思いながら読み始めてすぐに思わず正座。 これはジェンダー社会論を単なる「論」としてではなく女子学生が等身大の、自分と地続きの問題として自分の頭で考え答えを探していく青春小説だった。 1950年代と2020年代。国も時代も違うはずなのに、なぜ何も変わっていないのだろう。女を差別し見下し消費していく「社会」。 #meeToo や、ジャニーズ問題に触れつつ今を生きるすべてのヒトに訴える。 考えることを止めたら、声を飲み込んだら、何も変わらない。いつまで可愛いお馬鹿さんのふりをするの?貴女は貴女のまま、自分の行きたいところへ行けばいい。 そう思う一方で一種のノスタルジーにも浸ってしまった。人生のモラトリアム期。ゼミと卒論。懐かしい。
新刊最速レビュー

ある意味「傲慢の極み」的たくらみの、結末とは。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年05月29日

2024年05月29日

男女混合の大学からの友人グループが12年間途切れずに続くというのは、なかなか稀有なことかも。 誰かの転勤や結婚や出産で疎遠になったり途切れたり、あるいはグループ内での恋愛沙汰で気まずくなったり。 仲の良いグループを解体する原因にはサークルクラッシャーによる人間関係の複雑化だったり。そんな様々な原因を交わしつつ12年間続いた6人グループの、30歳を目前に控えたひとつのうねり。 学生時代なら男女関係ない付き合いも可能だろうけど、ある程度大人になればその関係もどちらか一方の「我慢」が命綱になっていたりする。 自覚しようがしてまいが、それを他のメンバーの気付かれないようにというのはなかなかに難しい。 グループ内の好意のバランスや関係性の密度も変化があるだろうし。 そんな中での千鶴の告白大作戦。これ、普通に考えたら傲慢の極みでは? 結婚する自分に好意を抱いているであろう友人との今後もずっと仲良くしたいから、自分に告白させてそして振る、って。 自分への思いを昇華させるためって、それは、大きなお世話では? 「30歳まで一人だったら」という約束は、割とあるので友人たちのおせっかいも頷けるけれど、それでもこの年なら自分の気持ち位自分でオチを付けるだろうよ、と思いながらもラストの展開が気になって最後まで読んでしまった。
新刊最速レビュー

前作で見えていた風景の、その見えない裏側に胸を打たれる。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2024年05月29日

2024年05月29日

第13回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞した『まいまいつぶろ』で、吉宗の御庭番として仕えていた万里。 吉宗のそばで見、聞きしてきたその全て。前作で見えていた風景の、その見えない裏側に胸を打たれる。 そういうことだったのか、そういう意味があったのか、そんな思いが込められていたのか、と。 前作でめちゃくちゃ嫌いだったあの人の、その思いの深さに思わず「気付かなくてごめんなさいよぉ」と手を合わせる。 そしてアタクシ的推しだった忠音にまた会えてうれしかったよ。
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