書店員レビュー
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英語で読んでみたい、読めないけど。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年07月12日

2025年07月12日

絵本に出てきたバーバヤーガは鶏の足の上に立つ小屋にすむ魔女で、得体の知れない怖さがあった。 2025年ダガー賞を受賞した『ババヤガの夜』は魔女ではなく鬼婆らしい。 けれど、こんなにも暴力的で破壊的なのに切なく優しい鬼婆がいただろうか。 暴力が唯一の趣味だという依子と、暴力団組長のひとり娘尚子。 ボディガードと守られる娘の二人の関係の変化。全く別の世界で生きてきた二人が、それぞれに抱える不自由さ、その根底にあるのは現代社会の歪み。 まっとうな人間が一人も出てこない、圧倒的な暴力で彩られた血なまぐさい世界、なのに読み終わった後のこの爽快さはなんだろう。 自分の中の何かが解放された気分。
新刊最速レビュー

対比というのは実は根源的に同じものの上に存在しているのだ、ということをぼんやりと感じる

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年07月09日

2025年07月09日

週刊誌によって将来海に沈むと書かれた人工島。 そこにあるタワマンに住む中学一年生の仁寡の葛藤と成長の物語。 全てを手に入れた成功者である父親に押さえつけられる仁寡。勉強も部活の水泳も人より抜きんでた者のない彼の救いは絵を描くことと、同級生のりょうとその祖母。 金髪にピンクのブルゾンを羽織った不良の野口先輩。仁寡に敵意を見せていた野口と仁寡の関係の変化。 いや、春から夏にかけての、この小説で変化する人たちが描かれている。 仁寡、仁寡の父親、りょう、りょうの祖母、月見先輩、野口先輩。 彼らはみな埋立地という人口の島の上で、その不安定な土の上で生きている。不変であるはずの地面がどんどん沈んでいくかも知れないという不安の中で、毎日を生きている。 中学一年という、子どもから一歩進んだだけの年齢で自分も周りも何かによって変化させられていく、その不安と希望をかつての自分と重ねるように読む。 作中でさまざまな対比が描かれる。けれど、その対比というのは実は根源的に同じものの上に存在しているのだ、ということをぼんやりと感じる。 仁寡が探していたセノーテのしるし。 自分も探していたのかもしれない、かつて持っていたのかもしれない、と読み終わった後、自分の手のひらを見ていた。
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自分とは違う存在、すべてを理解することはできなくても、その違いを尊重し受け入れることはできる。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年07月05日

2025年07月05日

世の中にはたくさんのヒエラルキーが存在する。一つのヒエラルキーの階層のなかでもまた段階がある。 主人公桐乃はクラスメイト達から「団地の子」と呼ばれる。その団地の子の中でも川を挟んで高層団地群の子どもたちは低層団地群の子どもたちを見下す。 そして低層団地群の中でも「日本人」は「日本人以外」の子に対して差別的な感情を持つ。 ボランティア活動をしている母親が娘である自分のことよりも他の「困っている」子どもたちを優先することに桐乃は嫌悪感を持っている。そのそこに有るのは嫉妬だ。そんな中学二年生の桐乃がベトナムにルーツを持つクラスメイトのヒュウと言葉を交わすことから物語は始まる。 中学二年生という大人でも子どもでもない二人の共通の夢は「この団地を出ていくこと」。 格差、貧困、差別。世の中に存在するいくつもの壁。まだひとりで生きていくことのできない彼らが初めて知る社会的レイヤー、そしてそこから逃れるためにできることとは。 自分とは違う存在、すべてを理解することはできなくても、その違いを尊重し受け入れることはできる。 正しさだけでは超えられない壁を、桐乃のフラットなタフさとヒュウの純粋さが壊していく。 あって当然、仕方がない、そういう諦めの上にある差別的な視線を自分の中に探してしまう。
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「悪」に抗い闘う「光」に希望を見た、そのあとの、ラスト!

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年07月04日

2025年07月04日

作家デビュー20周年記念作品 「罪」と「家族」が薬丸岳の二大テーマだと思うのだけど、この二つを織り交ぜてここまで救いのないダークな小説を解き放つとは、しかも「幸せ」と「知恵の象徴」を掛け合わせたのにそのカケラもないとは、薬丸岳おそるべし。 中池袋公園にあるふくろうの像「いけふくろう」、実物を見たことはないのだけど実在するらしい。 そのいけふくろうのまわりに集まる老若男女。家族を捨て、あるいは捨てられ、職場や学校に居場所もなく、未来に希望のカケラも持てない者たち。ただ、そこにいけば誰かがいる。本名も経歴も知らないだれかと、ただそこに一緒にいる、その安心感と心地よさ。 トー横やグリ下にたむろする若者たちの拡大版か。 ひとりの女性が中心になって立ち上げた「本当の家族 こうふくろう」 ただ、ともに生きていく仲間が欲しかっただけなのに。心のよりどころを求めていただけなのに。 はじまりは光だった。集団が肥大するにつれてそこには闇が生まれ育っていく。 新しく手に入れた幸せの象徴は、誰かの不幸の上にしか成り立たないのか。 自分を、そして仲間を救うための光は、底知れぬ闇に飲み込まれてしまうのか。 「悪」に抗い闘う「光」に希望を見た、そのあとの、ラスト。この眉間のしわをどうしてくれる。
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狂っているのは、壊れているのは、誰なのか。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月29日

2025年06月29日

夫を愛しすぎて尽くしすぎて依存しすぎて壊れていく妻、そして夫は帰ってこない。 一言でまとめるとそういうお話なのだけど、その壊れていく自分と正気である自分との共存過程が非常に怖い。 妄想や幻聴に人はどうやってからめとられていくのかが、手に取るようにわかる。 外側から見ていると明らかに「おかしい」思考過程。だけどその中にいるとその異常さは決して自覚されないものなのだろう。 壊れていく三津子に気付かない夫の春さん、三津子を救おうとする友人久美。 それは異常と正常、なのか。狂っているのは、壊れているのは、誰なのか。 サスペンスホラー、というジャンルになるのだろう。じわじわと空気が薄くなっていくような怖さと苦しさの中、引きずりこまれないよう深呼吸しながら読む。 これぞ新井素子、という文体。ハマれば癖になる。
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令和25年は昭和100年だという。そんな記念の年に、奥田英朗が全三部で昭和を描く

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月29日

2025年06月29日

令和25年は昭和100年だという。そんな記念の年に、奥田英朗が全三部で昭和を描くという。 第一部だけでも約600ページという巨編。否が応でも期待が高まる。 大正天皇崩御から始まる昭和の歴史。 奥田英朗によると昭和は日本の青年期に当たるという。青年期とは「子ども」から「おとな」になる過渡期をさすわけで、つまり日本という国の、未熟で不安定で、しかも変化の著しい時代ということになる。 第一部である本書は、その時代における激動の始まるまさに1926年に生まれた4人の子どもたちの誕生の頃が描かれる。 陸軍省軍務局少佐であり、陸軍唯一のコスモポリタンと呼ばれた竹田の息子志郎、金沢の侠客矢野辰一が引き取った四郎、女性解放を謳った雑誌「群青」の編集者森村タキが生んだ私生児ノラ、大連で興行を手掛けるジャズマン五十嵐譲二の息子満。 それぞれ、全く違う立場、違う世界に住む四人の元で育つ4人の子どもたち。重なるはずのない彼らの人生が今後どうなっていくのか、丁寧に描かれる彼らのバックグラウンドに夢中になって読む耽る。 第二次世界大戦がはじまり、日本全体が狂気へと突き進むその時代の生々しさ。 陸軍、右翼、大陸興行、フェミニズム。日本のこの時代を語るうえで欠かせないそれぞれの分野にそれぞれ生まれた子どもたちの運命が今まさに始まった。 勝てるはずのない戦争へと突き進んだのはなぜか。資源を持たない日本がなぜ勝てると思い込んだのか。 右翼と左翼と軍と政治家がどういう形で存在していたのか。教科書で習った二次元の知識の一つ一つを補いながら読んでいく。 早く続きが読みたい。知っているはずだけど、きちんとは知らない昭和をなぞりたい。早く、早く! ちなみに竹田と辰一がエレベーターの中で相まみえた場面、緊張と興奮にしびれました。
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明日が昨日になる今日の、物語たち。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月29日

2025年06月29日

「今から十年くらいあとの話」という一文で始まる未来の話が過去形で語られる。 新しい街で開いた探偵事務所兼住居に、ある日突然帰れなくなった。坂の途中にあるはずの、事務所に通じる路地が見つからなくなったのだ。 なぜ?どういうこと?SF?ファンタジ?ミステリ?いろんなハテナが浮かぶのだが、そんなハテナはどうでもよくなってしまう。 帰れない探偵は、世界探偵委員会連盟からの指示で世界中の街で依頼をこなす。どこの国なのか。 いろんな人にいろんな話を聞いていく。 なにかの事件があり、その事件に関わった人の言葉を集めていく。 十年くらいあとの自分の話を語る彼女は、いったいどこで何をしているのか。 社会的な問題、政治的動乱、異常気象、陰謀諭…いま、私たちの周りで起こっている問題とつながっている世界。 明日が昨日になる今日の、物語たち。 足元が揺れる。自分の輪郭がぼやける。だけど、いや、だから、今、私はここにいる。 不思議な手触りの、その芯に触れたくて最後まで読み終える。
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「本当のこと」は決してそこにはないのだ

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月29日

2025年06月29日

帰国子女5人。二十年来の友人同士が久しぶりに過ごす避暑地の別荘。 旧交を温める旅になるはずだったのに、深夜一人が被害者となり、もう一人が被疑者となった。 弁護士に語られる遺された三人の証言。 それぞれが語る、被害者と被疑者と自分のこと。少しずつ食い違う証言、そして変化していくそれぞれの関係。 二十年の間に、5人の間に何があったのか。あの夜、被害者と被疑者の間に何があったのか、そしてなぜ殺人事件は起こったのか。 弁護士の覚え書きと同じように、読み手が受け取る印象もどんどん変化していく。 彼ら5人の等辺ではない関係。いびつゆえうまく行くことも、いびつだからこそ崩れていくこともあるのだ。 「なぜ」を追いながら「真実」との距離が縮まっていく。けれど、どんなに重ねても「証言」はあくまでその人の目と心を通過したものに過ぎない。 「本当のこと」は決してそこにはないのだ。
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静謐で豊潤、透明で鮮やか、温かいのに寂しい、小川洋子の描く世界は小川洋子にしか描けない言葉で紡がれている。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月28日

2025年06月28日

静謐で豊潤、透明で鮮やか、温かいのに寂しい、小川洋子の描く世界は小川洋子にしか描けない言葉で紡がれている。 内気な人たちが集まるアカシヤの野辺。口から放たれる言葉ではなく、十本の指を使って最小限の言葉で会話する人たち。 外の世界から離れ静かに慎ましく暮らす彼らの世界に、少しだけ開いた窓。リリカと祖母が繋ぐ外と内。 リリカの歌声が流れる。沈黙への歌。誰にも知られない、誰の記憶にも残らない、それでも誰かに届く歌。 美しいこの世界。乱さないで、と祈りながら読む。 沈黙する文字が美しく歌う。ここにいたい。この冷たく濃密な物語の中にいたい。静かにひそやかに穏やかに、そしてひめやかに。
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知らなかった主人公と、知っている歴史上の人々の邂逅、そして小説ならではのラスト、堪能

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月28日

2025年06月28日

寡聞にして未知だった馬場文耕という講釈師。芸を理由に処刑された近世日本の言論統制の犠牲者だという。 元凄腕の剣士ながら、武士の身分を捨て下町に住み、講釈で暮らしを立てる日々。 その文耕の人生が郡上の騒動によって大きく動いていく。 軍記モノを語る講釈から時の政への批判へと変わるにつれ人気を呼び、お上から目を付けられるようになっていく。 言論弾圧。なぜ文耕は保身に走らず抵抗し続けたのか。 一介の講釈師がなぜ、市中引き回しの上獄門という極刑を受けなければならなかったのか。 あの沢木耕太郎が時代小説を!?という驚きで読み始めたのだけど、なるほど沢木耕太郎が描くと時代物も端正なのに熱い小説になるのだな、とほれぼれ。 知らなかった主人公と、知っている歴史上の人々の邂逅、そして小説ならではのラスト、堪能。
新刊最速レビュー

どの話がお気に入りか、無駄に熱く語り合いたいね、だれかと。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月12日

2025年06月12日

読み終わった後もずっと心の片隅にくっついて離れない物語たち。 始まって、終わらない物語たち。 二十代の働く女性たちの毎日。特別ひどい事も、特別楽しいことも、特別うれしいことも、特別悲しいことも、そんなにたくさん起こるわけじゃないけれど、それでも毎日何かがあって、何かを考えて、何かに傷つきながら生きている。 いつかきっと思い出す。こんなこともあったよな、と。最悪だったよな、と言いながら、いやそうでもないか、でもやっぱり最ではないけど悪だったかも、なんて。 誰かとの間に起こる何かを、思い出せないくらい小さな何かを一つずつ蹴り飛ばしながら歩いて行く毎日。 自分にもあったかもしれない物語の、自分のじゃない思い出を思いながら、いつか公園で無意味に穴を掘っちゃう自分を思う。 どの話がお気に入りか、無駄に熱く語り合いたいね、だれかと。
新刊最速レビュー

だれもが一度は追いかけた青い鳥、どこにいるのか、そもそも存在するのか。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月08日

2025年06月08日

書店員が追いかけた万引き犯が道路に飛び出して事故に遭って…という事故を思い出した。 万引きは犯罪である。その犯罪によって経営を圧迫されて閉店した店も多いという。けれど、今は万引き犯を見つけてもそれを捕まえるリスクや、時間的物理的コストを考えると見逃してなかったことにする方針が取られているとも。 コンビニの店主柳田の信念「万引きさせない店作りより捕まえること」はそういう方針とは逆をいく。 ある日、菓子パンを盗んだ男を捕まえようとして死なせてしまったことから彼の人生が狂い始める。被害者から加害者へ。 SNSへの投稿、その拡散。家族への攻撃。 万引きと過失致死。どちらの罪が重いのか。 「万引き」という罪によって人生が落ちていく人々。 柳田がかつて捕まえた万引き犯、施設で暮らしていた女子高生もその一人。高校をやめ性風俗で働く日々。 そんな二人の人生が、とある事件で交差する。 誰もが一度は追いかけた青い鳥。どこにいるのか。そもそも存在するのか。 最低の人生の中でかすかに見える希望の光。優しい光がずっと灯り続けますように。

三人暮らしのいびつな家族。いびつだからこその完成形だったと、読み終わった後にわかる。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月08日

2025年06月08日

妻と夫とその愛人の、同居。しかも愛人は妊娠中。 なんだそれ、という家族の形。 夫、太陽は売れっ子の作家。東京に借りた部屋から、岐阜の本宅に妊娠中の愛人を送り込み、妻と同居させる、という意味の分からなさ。 自分はほとんど寄り付かない本宅で、愛人である楓は長男を出産する。妻、野ゆりと、楓とその息子の三人暮らしのいびつな家族。 けれど、そのいびつな形が、いびつだからこその完成形だったと、読み終わった後にわかる。 楓の母親との関係、野ゆりの人生、太陽と余命宣告された母親の抱える屈託。 このタイトルと表紙の軽やかさからは全くうかがい知れないほど、混乱し錯綜し深く複雑な人間模様が描かれている。(これは文庫化するときにタイトル変えた方がいいのではないか疑惑) 都会と田舎。正しさと過ち。生と死。さまざまな鎖に縛られて人は生きている。 縛られて生きることの不便さと安定を断ち切るのは並大抵ではない。野ゆりがなぜ自分をないがしろにし続ける太陽を受け入れ続けるのか。 楓という台風のような存在がもたらした変化。 何かに根差して生きていることを否定はしない。けれど、見ないように、気づかないふりをして蓋してきた変化への渇望を、だれもが抱えて生きている。 楓と野ゆりが選んだ道。爆発するような笑顔で一緒に走りたい。私の明日は私のものだ、と大声で叫びたい。 そして、これ以上ないほどの悪い笑顔で言いたい。「ざまぁみろ!」と。
新刊最速レビュー

ほろりとにやり。泣いたり笑ったり、ずっと大好きな伊坂節があふれていて満足しかない。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月06日

2025年06月06日

世の中は頑張ればなんとかなるパズルのようなものと、頑張ってもどうにもならない天気のようなものの二つに分けられる、らしい。 とくに、自分ではない誰かのことはたいてい頑張ってもどうにもならないことが多いようだ、天気のように。 でも、だからと言って最初から何も頑張らなくていい、とは言わないんだ、我らが伊坂幸太郎は。 うまくいかないとしても、頑張ったことが無駄になったとしても、それでも頑張ってみる。 でもどうにもならなかったら、これは天気のようなものだから仕方ないよね、とちゃんと諦める理由は手の中に隠しておく。 頑張るパズルと頑張らない天気のちょうどいいバランス。その絶妙なバランスを保ってくれるのはいつも「相棒」。 そんな大きな困難と小さな幸せに右往左往する愛すべき人を、昔も今も伊坂幸太郎は描き続ける。 読み終わった後の、自分の笑顔、最高だな、おい。 5つの短編のどれもこれも伊坂幸太郎味が強い! ほろりとにやり。泣いたり笑ったり、ずっと大好きな伊坂節があふれていて満足しかない。
新刊最速レビュー

想像を超えた展開に震える、美しきファンタジの始まり。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月06日

2025年06月06日

普段ファンタジ―をあまり読まない民にもおススメしたいハイファンタジ―。 なんせ、八咫烏シリーズを13年書き続けてきた阿部智里が満を持して描いた精霊モノなのだから、面白くないわけがない。 風と火と水と土。それぞれの精霊たちが織り成す壮大なものがたりの、始まりの章。 皇帝好き、後宮好きにはたまらない。絢爛豪華で残酷で謎めいたその世界感に、どっぷり浸る。 皇帝、皇后、寵姫二人が暮らす後宮に秘められた謎。新しく加わった寵姫候補が解いていくその秘密に、皇帝が常に身に着けている皇后の碧の眼を模した首飾りが秘める謎も加わり、怒涛の一気読み必須。 想像を超えた展開に震える。 美しきファンタジの始まり。
新刊最速レビュー

どうせいつかは終わる世界。だったら一生懸命生きた者勝ちじゃないか?

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月06日

2025年06月06日

100年後に直径22キロの小惑星が地球に衝突する。人類は間違いなく滅びる。 100年という微妙にリアルな未来の終末を突きつけられた時に、人はどう生きようとするのか。 確実に時は流れる。100年の猶予が少しずつ削られていく。 未来を語ることがタブーとされ、絶望のなかでその時までただ生きていくしかないのか。 だれかがどこかでなんとかして地球を救ってくれるかもしれない。 そんなかすかな希望でも、ひとは持ち続けることができる生き物なのだ。 時の流れの中で少しずつ重なる物語。 惑星衝突終末小説というのは希望を捨てない大きな感動の物語として描かれがちだけど、結城真一郎はちいさな変化でそれを描く。 小学生の、高校生の、世捨て人のちいさな希望のカケラが少し動くことで大きな力となっていくのかもしれない。 どうせいつかは終わる世界。だったら一生懸命生きた者勝ちじゃないか? 希望はつながる、人と人の手によって。
新刊最速レビュー

続けることと、終わらせること、どちらが苦しいのか。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年06月01日

2025年06月01日

大人の恋愛小説、というテーマで描かれた小説。 高校生の時の恩師との恋愛。20歳で妊娠、両親の反対を押し切って結婚出産。20歳以上の年の差婚、アラフォーで未亡人となった一人の女性彩香の、「ロマンを求めない雑な恋愛」。 なるほど、これは間違いなく「大人の恋愛」だ。 憧れの先生であった亡くなった夫との結婚生活は、現実の中で子どもあっての幸せと変化していく。 30代で未亡人となった彩香が、出会い系アプリで知り合った男との雑な関係を結んでいく姿が痛々しかった。その流れの中で偶然知り合った大地との付き合いの正しく淡白な大人の関係がずっと続いていけばいいのに、このまま落ち着いた幸せを手に入れられればいいのに、と願いながら読む。 婚姻経験者が、子持ちが、大人の恋愛をすることの難しさをひしひしと感じる。 若さゆえの熱や強引さや思い込みで進む恋愛は、その勢いでかき消されていくのだろう、障害物や困難さというものは。 その勢いだけで乗り越えられないのが、大人の恋か。 見ないようにすれば、気づかないようにすれば、蓋をして心の奥底にしまい込んで忘れてしまえば続けられる恋。 続けることと、終わらせること、どちらが苦しいのか。
新刊最速レビュー

貴婦人たちが食したレシピが魅力的

ユウハル

書店員

2025年05月29日

2025年05月29日

料理によって人が立ち直って元気になっていくお話。私も元気をもらえました。 誰もが知ってる貴婦人たちが食したレシピ。読んでいるだけでお腹が空いてくる。私も食べたい!!想像が膨らみます。 華帆ちゃんが自分を取り戻していく様成長していく様子は読んでいても気持ちよかった。本当にいい出会いでよかった。安心して読める作品に癒されました。
新刊最速レビュー

マスコミが、SNSが集め、作り、垂れ流す「情報」に翻弄される現代への警告の書

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月28日

2025年05月28日

「言葉は人の身体ではなく精神を傷つける唯一の凶器」であり「想像力の欠けた言葉は銃弾に等しい」そう、言葉は人をたやすく傷つけ、殺すのだ。 匿名という壁に守られた言葉を手に入れた人間が、正義を振りかざして「悪」とみなされた人をたたき続ける。 一般人であってもそうなのだ、それが「芸能人」であればなおさら情け容赦なく言葉でもって悪意という暴力を投げつける。 そして当人が耐えきれずに死を選んだとき、だれもが自分を正当化しあるいは言葉を消して逃げる。 誰が彼を殺したのか。 ひとりの芸人が不倫をすっぱ抜かれ、それに対するネットでの罵詈雑言、家族への攻撃に耐えきれず死を選んだ。 かつて桁違いの実力を持つアイドルとして一世を風靡した女性が捏造された記事によって業界を去った。 二人とつながりを持つ音楽P瀬尾が彼らに対して攻撃をしていた83人の個人情報の全てをばらまいた。 名誉棄損で訴えられた音楽Pと、彼の弁護を引き受けたイソ弁久代奏。裁判で戦おうとしない瀬尾に対して、奏は丁寧に彼と二人の関係をたどっていく。 なぜ瀬尾は自分の人生を捨ててまで二人の仇を取ろうとしたのか。 マスコミが、SNSが集め、作り、垂れ流す「情報」に翻弄される現代。 何が真実で、なにが嘘なのか。いや、本当かどうかなんてもはやどうでもいい。 ただ、注目を浴びれれば、そしてそれで自分のうっぷんが晴らせればそれでいいのだ。 目に入った話題を機械的に拡散していく。だって、この人が悪いことをしたんだから、罰を与えるのは正しい事でしょ。 何気なく、悪気もなく、深く考えずに放り投げる言葉の刃。面と向かっては言えない言葉も、文字にして匿名で守られればいくらでも投下できる。 いつから始まったのだろう、この危うい世界は。 いつでもどこでも誰でも情報を流せるいま、私たちは立ち止まって考えるべき時に来ているのではないか。 おのれの投げる言葉が、どれほどの鋭さでどれほどの重さでどれほどの傷を与えるのか、ということを。 いま、が、その際なのだろう。

このミス大賞文庫グランプリに外れなし。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月23日

2025年05月23日

ざっと800人分もの遺骨が眠る湖、謎の多いその湖から持ち帰られた一人分の骨。200年前のその骨のDNAが四年前に失踪した義妹のものと一致したという。どういうことだ、なにが起こっているんだ。 タイトルや表紙から、うっすらとしたものは見える。けれどここに描かれる狂気は想像を超えた戦慄をもたらす。ヒトが超えてはいけない世界。もしかすると…思わず震える。
新刊最速レビュー

身近になった「配信」の怖さにふるえるミステリ。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月21日

2025年05月21日

いま、話題になったりSNSのトレンドに入るのは、ユーチューバーでもインスタグラマーでもない、「配信者」ということらしい。 そもそも配信って何?というレベルの認識で読む。 ネットを流し見しているといろんな配信が目に入る。素顔から完璧な顔を作る美容系、しゃべりながらご飯を作っていく料理系、ただ街を歩きながら目に入るものを映していく街歩き系、お酒を飲んだり何かを食べながらコメントとのやり取りを延々と流すおしゃべり系… 他にも、正義系、暴露系、心霊系、救済系、考察系、といろんなジャンルがあるらしい。 よくわからないのだけど、割とカジュアルに動画を取ってそれを編集していろんな形でネットで流しているようだ。 その「配信」のあとに起こる事、あるいは、配信をしている人たちそのものについての連作ミステリ。 なぜ、人は時間と手間をかけて配信をするのか。 そこには金銭的報酬よりも大きい、目立ちたい、注目されたい、認められたい、というリアルで得られない承認欲求。 それを得るために何が行われているのか。 配信者が得るものと、それによって失うもの。 また、画面の向こうにあるモノを、私たちはどう受け取るのか。 身近になった「配信」の怖さにふるえるミステリ。
新刊最速レビュー

お仕事小説×名古屋メシ、ときどき謎解き

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月21日

2025年05月21日

お仕事小説×名古屋メシ、ときどき謎解き 名古屋メシが全国的市民権を得てから幾星霜。 どちらかというとイロモノ扱いだった名古屋メシがこんなにも全国に浸透していくなんて誰が思った事だろうか。 いや、いまでも名古屋初上陸の方々は一瞬腰の引けた反応をしないわけではないだろうが、いちど口にしたら、もうそれがクセになること請け合い。 ホモサピエンスのDNAに名古屋メシ同調細胞でも組み込まれているんでしょうね、しらんけど。 かくいうアタクシもソトから名古屋にきた民ですが、とまどうメニューは数え切れずありました。 それがいつのまにか当然になり好きになっていくこの不思議さ。 「なんでもかんでも味噌かけりゃいいと思ってるでしょ、名古屋人は!」とよく言われるけれど、そうですけど何か?と答えてしまうレベル。 名古屋人の血は赤みそでできているんでしょうね、きっと。 東京から在名新聞社に就職した仁木くんが、仕事や名古屋メシに戸惑いながらもひとつひとつ自分の血肉にしていく過程がとても心地いい。 保守的排他的と言われがちな名古屋人の懐に素直に溶け込める仁木君がいつか「これうみゃあでかんわ」と味噌煮込みうどんを食べる日を楽しみにしてます。
新刊最速レビュー

おかえり!おせん!!

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月21日

2025年05月21日

前作(文庫になりました!!)、あの火付けで悔し涙にくれたおせんが相変わらず次々とやっかいごとに首を突っ込んでくれてファンとしてはうれしい限り。 おせんの親代わり喜一郎が御公儀を揶揄した落首を掲げた罪で捕まった!?あの喜一郎がっ!?という第一章から、神田祭を描いた絵巻に、一人足りない謎やら、船宿の亭主の身投げやら、幻の本を求めておせんまさかの色仕掛け!!!! そしておせんの父親平治の死の真相まで、あれやらこれやら忙しいったらありゃしない。 けど、今回推しの青菜売り登があまり活躍しないのがちょっと残念!

待つしんどさを乗り越え、耐え忍んだのち、やっと動き出せる。

しまゆ

書店員

2025年05月15日

2025年05月15日

私は20代の大半を統合失調症の療養に費やしているのだけど、20代前半の頃は貴重な時間を無駄にしているようで、それが苦痛でもあった。 早く何かしなきゃ動き出さなきゃと焦るし、焦って動けば病状は悪化し治療は振り出しに戻るという悪循環を繰り返していた。 20代後半に差し掛かり、きちんと病識を持てるようになり、病気と向き合い始めてからは、いま必要なのは動くことじゃなくきちんと休むことだと思えるようになり、無理せずしっかり休んだことで結果動き出すことができた。 そこまでの経験でわかっていたはずでも、社会に出て働き始めるとまたもや焦りが出てきて、休むことに対する抵抗も生まれ、無理をしては長期間の休みをもらうというのを繰り返していた。 そして上司から度々言われた「これから先長く働くために、今は休むことが最重要」の意味をある時突然理解し、その結果今は「頑張らないを頑張る」を自身の中心に据えて生きている。 長期の休みは自身の罪悪感にもなるうえ、職場にも迷惑をかける。お互いのためにも不調を感じたら早めに休んで数日の休みで復帰するのが働き方として最適なことにも気づいた。 そのため今はもう、無理しすぎることなく早めに休んですぐ復帰を心がけている。 熟柿:気長に時機が来るのを待つこと。 その大切さを、私は自身の経験からよく知っている。
新刊最速レビュー

そことそこがそこでつながるっ!?の連続技。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月11日

2025年05月11日

ある日、たまたま同じコンビニに居合わせた3人。何のつながりもなく、何の関係もない、一瞬のすれ違いで終わるはずの3人の、それぞれの人生。 事故で妻を喪い、絶望の中みずからも死を選ぼうとしている会社員、双子の弟との差に人生をあきらめている大学生、母の看病のためにデリヘルでお金を稼いでいた女性、3人にとっての明日は永遠に続く夜のままのようで。 そんな3人の運命が大きく動いたのが、レースで最低人気の馬「マジメガイチバン」が一等を取った日。 そことそこがそこでつながるっ!?の連続技。
新刊最速レビュー

明日に答えを求めない、今日のわたしの物語。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月04日

2025年05月04日

日雇い派遣で今日だけをつないで生きている「わたし」が受け継いだ「ずっとのおうち」のバトン。切実で希望のカケラもない話なのに、なんでこんなに心が凪ぐんだろうか。 こういう希望のない高齢者が向き合う「死」の問題が続いていく短編集なのかと思っていたのだけど、主人公たちは少しずつ若い世代へと移っていく。 そうか、昨日より今日が、そして今日より明日がいい日になる、って思えないのは、年寄りでも子どもでも変わらないんだ。 「今」を生きるのに精いっぱいで、明日を夢見ることさえ忘れている人の、それでも今日からつづく明日のために一日ずつ扉を閉じて生きていくあなたとわたしの物語たち。
新刊最速レビュー

好きしかない。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年05月04日

2025年05月04日

いいねぇ。いや、もういいねぇとしか言いようがない。 こんな古本屋さんが家の近所にあったらな、って誰もが思うだろうね。これを読んで初めて古本屋に行ったよって人もおおいのでは? 今回も心に刺さるセリフがあちこちに。そして読みたくなる本もあちこちに。 本好きはもちろんだけど、普段あまり本を読まない人にもぜひ読んで欲しいシリーズだな。
新刊最速レビュー

「事実」だけで終わったはずの事件の、その真実があらわになったときの暗い悲しみ。

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年04月26日

2025年04月26日

定年退職した元刑事(『夜の道標』に出てくる)の正太郎が偶然関わる身近な人に起こった「事件」たち。 誰も、何も、気づかなかったらそのまま終わっていく事件たちの、その裏側にある「嘘」を見つけてしまうのは元刑事ゆえ。 刑事時代に遭遇した事件との接点、そこから見えてしまう隣人たちの嘘。 「事実」だけで終わったはずの事件の、その真実があらわになったときの暗い悲しみ。 知らなければよかった、気づかなければよかった。 世界はそんな嘘でできている。
新刊最速レビュー

失くしたものを形にしてきちんとしまっていく過程、ルリユールとは心のリハビリでもあるのだろう

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年04月24日

2025年04月24日

「ルリユール」という言葉を目にしたら思わず手に取らずにはいられない本好きはたくさんいるだろう。 紙の本を愛する人間にとって「ルリユール」という言葉は何物にも代えがたい宝物のように響くのだ。 何度も手に取り、何度もページをめくり、何度も読み込んでボロボロになった本の愛おしさ。 あまりに読み込みすぎてページが外れたり表紙が破れたり…そんな大切な一冊が職人の手によって新しく美しく生まれ変わる、あぁ、なんて素敵なことだろう。 そんなルリユールに誘われて手に取った一冊。「その本はまだルリユールされていない」は優しくて温かくて愛おしい物語だった。 この仕事に就くんだ、という目標に向かって何年も努力し続けたその心がぽっきり折れてしまったとして、代わりになる支えがあればまた新しい世界に向かって羽ばたける。主人公のまふみにとって司法書士への道は閉ざされてしまったけれど、図書館司書という別の道があったことがなによりの救い。 しかももともと本好きだったならば、それはある意味天職だったのでは?とさえ。 夢を諦めることは、とても勇気のいること。まふみにとって六法全書というのはその勇気への楯なのだろう。 たまたま選んだアパートがルリユール工房を併設していたこともまふみにとって神の采配。 選ぶべくして選んだ道、としか思えない。 世界的ルリユール職人の瀧子や、その孫の由良子の作り出す美しい本がまふみの折れた心をルリユールしていく。 失くしたものを形にしてきちんとしまっていく過程、ルリユールとは心のリハビリでもあるのだろう。 紙と文字と物語があれば人はきっと生きていける。 思うように生きられない人、夢をあきらめた人、誰かにそばにいて欲しい人、世界の片隅で膝を抱えているそんな人たちに、そっと贈りたい一冊。
新刊最速レビュー

永遠に届くことのない願いを片思いと呼ぶのなら、この小説を最高の片思い小説と呼びたい

ひさだかおり

書店員@精文館書店中島新町店

2025年04月24日

2025年04月24日

ふと、自分が何のために生きているのかわからなくなることがある。 大切な人がいて守るべきものがあったとしても、それは永遠に解けない謎として心のどこかにい続ける問なのだろう。 女性向け性風俗でセラピスト宇治を指名することで自分の輪郭を確かめ続ける由鶴と、女性に指名されることで自分の輪郭をなぞらずに生きている宇治の答えのない問い。 私の輪郭を形作るモノ。世間の普通という尺度から外れている自分の、その輪郭をなぞる手の温かさがどうしても必要なときがある。 けれど、いつかその手を離れるべき時も来る。その時を決めるのは、誰でもない、自分自身。 ここに出てくる宇治を指名する女たちのそのすべてがカッコいい。不安げで心細そうだとしても、そこに本当にはない何かを求め続けているとしても、自分で自分のお金で満足と安定を手に入れる女たちの、潔さ。 ともすれば暗く湿った思いに満ちそうな物語を、大阪弁の軽妙さとそれぞれの「友だち」との関係の明るい信頼が、二つの物語から爽やかな春風を運んでくれる。 永遠に届くことのない願いを片思いと呼ぶのなら、この小説を最高の片思い小説と呼びたい。 誰かに優しくされたい、誰かに優しくしたい。読み終わった後のこの思いを自分ごと抱きしめた。
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