
眠れるラプンツェル
角川文庫
山本 文緒 / 片岡 忠彦
2006年6月24日
KADOKAWA
814円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
主婦というよろいをまとい、ラプンツェルのように塔に閉じこめられた私。28歳・汐美の平凡な主婦生活。子供はなく、夫は不在。ある日、ゲームセンターで助けた隣の12歳の少年と突然、恋に落ちたーー。
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(無題)
先日読んだ山本文緒の「あなたには帰る家がある」に登場した佐藤真弓の隣家に住む手塚汐美の物語である。グリーンヒルズは郊外型の大型マンションである。一見同じようなライフスタイルを取っているように見えて、そこにはマンションの戸数と同じだけの夫婦の有り様がある。汐美は28歳の専業主婦、子供はいない。夫はテレビコマーシャルのディレクターで週に一、二度しか帰宅しない。結婚4年にして既にセックスレスである。2人ともセックスが嫌いなわけではない。夫には複数の恋人ないし愛人の存在がうかがえる。汐美はセックスばかりか、生命のほとばしりを避けてきた。春を厭い冬を愛し、まるで冬眠中の動物を思わせる生き方だった。死んだように生きてきたのだった。 汐美の銀行口座には毎月15万円が振り込まれる。水道・光熱費やマンションのローンは夫が支払っているから、いくらかかっているか全く知らない。そのうち14万円を引き出して、すべて使い切る。近所付きあいは無いし、贅沢や浪費とは無縁の生活だから、一体どこに消えていくのか汐美自体、見当もつかない。汐美のマンションは8階である。まるでグリム童話の出入り口の無い塔に幽閉されたラプンツェルのようだ。いや、むしろ汐美があえてそのようにしていたのかもしれない。 汐美の王子様は隣家に住む12歳の少年だった。15歳年下の中学生と恋に落ちたのだ。恋は時と場所を選ばない。ましてや年の差なんて。ところが相手が18歳未満の青少年となると、そうも言ってられなくなる。なぜなら、恋は精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいとの感情を伴うものだからだ。性行為まで行けば、犯罪者として社会的制裁を受ける事になる。 しかし、魔女・ゴーテルのくびきから逃れ、王子との愛を知って、生きる意味を悟ったラプンツェルと同様に、禁断の恋を知った汐美は、冬眠生活を脱して命萌え出る春の野原へと一歩を踏み出したのだった。
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