重光葵連合軍に最も恐れられた男

福冨健一

2011年8月31日

講談社

1,870円(税込)

人文・思想・社会

苦難の時代の日本人に指針を示す昭和最高の頭脳と胆力。

本棚に登録&レビュー

みんなの評価(1

starstarstarstarstar 5

読みたい

0

未読

0

読書中

0

既読

1

未指定

2

書店員レビュー(0)
書店員レビュー一覧

みんなのレビュー (1)

ケムケム

感動!こんな外交官が日本にいたんだ!

starstarstarstarstar 5.0 2020年11月02日

 重光葵(まもる)は、明治20年に大分県に生まれ、熊本の第五高等学校から東京帝国大学へ進学。外務省に入省し、外交官・政治家として戦後まで活躍した人物である。ひょんな事から手に入れた本を読了。大変感動した。  彼はあらゆる戦争を避けようと努力し、大東亜戦争を終結させるべく努力した。と書くと、ステレオタイプの平和主義者のように思われるかもしれないが、そんな一言で説明できる人物ではない。  彼は戦中は、「アジアの解放」という公明正大な理念を打ち立て大東亜会議の発起人になったり、戦後は、独立国家としてアメリカと対等の軍事同盟を結ぼうと交渉したりした人物である。リアリストで冷徹な分析ができ、国益のためには自分の立場を省みない人物だったらしい。吉田茂が国民の嫌がる再軍備を後回しにしたのとは対照的である。  筆者は、「吉田茂と重光の最大の違いは、結局のところ『戦略』を持っていたかどうかではなかろうか。日本経済の復興を優先した吉田の戦後保守の政策は、短期的な成功に固執した『戦術』であろう。他方、アジアの解放などを志向した重光の思考は、国益とは何かを考えた『戦略』であったといえよう。」と述べている。だから、吉田茂については多くが語られるが、重光葵のような国士はあまり語られないのかもしれない。  重光が今の世界状況を見たらどう言うだろう。中国の日本に対する態度は80年前と変わらず、朝鮮半島との関係は全く改善されず、米中の間では貿易戦争が起こり、ロシアも相変わらずだ。本書では、彼の中国評、共産主義評、政治家評、国民評などが紹介されており、今読んでも説得力があることに驚かされる。  2011年に出されたこの本は、手に入れるのが難しくなっているが、多くの人に読んでもらいたい。NHKあたりがドラマにしてくれないでしょうか。小さい時は信じられないくらい貧しかったり、若い頃のフランス人女性とのロマンス、中国で爆弾テロで片足を失ったりとドラマにはもってこいの人物なのだけれど・・・。

全部を表示
Google Play で手に入れよう
Google Play で手に入れよう
キーワードは1文字以上で検索してください