くすぶり亦蔵

秘剣こいわらい

講談社文庫

松宮宏

2013年7月13日

講談社

660円(税込)

小説・エッセイ

窓際中年の樺沢亦蔵は、路上喫煙が禁止されているマンハッタンでタバコに火をつけた。すぐさま逮捕され拘置所にぶち込まれた亦蔵だったが、釈放されるや否やまたマルロボを!奇妙なサムライの“雄姿”は全米で騒動を引き起こし、亦蔵を護衛するメグルはついに必殺技を!?読まなきゃ損、「秘剣」シリーズ第二弾。

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松宮宏「くすぶり亦蔵 秘剣こいわらい」

本当に松宮宏は、どこから物語を創造するんだろうなぁ、と毎回不思議に思わされる。 本作は、「路上喫煙が禁止されているマンハッタンでタバコを吸い、何度も逮捕される無口な日本人」を描く小説だ。何だそりゃ?という感じだろう。でも、要約するとこうなるのだ。 ほとんど、たったこれだけの舞台設定で物語を成立させてしまう。もちろん、その外側では色んなことが起こる。その色んなことが面白いのだが、しかし、物語の中心は「タバコを吸って逮捕されるオッサン」だ。そこにしか中心がない。 普通、たったそれだけの核で、長編一遍を成立させられるなどと考える作家はいないだろう。そういう意味で、松宮宏は頭がイカれているのだと思う。もちろん、良い意味でだ。 松宮宏が描く物語は、「奇想」に支えられていることが多いが、しかしその奇想は、ファンタジーやSFという方向とはちょっと違う。どちらかと言えば、「バカバカしすぎて誰も真剣に考えたことのない発想」という意味での奇想だろう。松宮宏の小説には、そういう意味での奇想がバンバン登場するのだが、しかし松宮宏の広範な知識と描写力によって、あたかもそういうことが実際にあってもおかしくないような錯覚を与える物語に仕上がっている、と僕は感じる。明らかにバカバカしいし、実際には起こり得ないだろう出来事なんだけど、松宮宏の小説からは妙なリアリティを感じるのだ。そういう、物語の成立のさせ方にも、独特なものを感じる。 毎回、どんな作品を生み出してくるのか、実に楽しみな作家である。 内容に入ろうと思います。 樺沢亦蔵は、尋常ではないチェーンスモーカーだ。 『朝起きてすぐに吸い、朝飯の間吸い続ける。 服を着替えながらも吸い、靴を履きながらも吸う。 亦蔵の家から田園都市線溝の口の駅まで、せいぜい歩いて十分であるが、その間に最初のひと箱がなくなる。 それだけ吸うということは、もう、無理やり吸っているとしか言いようがない。 そんな吸い方だ』 そんな男である。 当然、周囲からは顰蹙を買いまくっている。しかし亦蔵は、何を言われても表情一つ変えず、平然としている。無口な男なのである。赤ら顔で毛が濃いが故に、「毛蟹」と呼ばれている。青山通りにある真新しいイメージの会社で現金出納係として働いているのだが、とにかく青山という土地に似合わない男である。 タバコにまつわるトラブルは絶えないが、亦蔵にはこれほどまでにタバコを吸うようになったきっかけがきちんとある。とはいえ、そんなことは周りには関係ないし、そもそも無口な亦蔵は何も喋らないので、周りとしてはただ迷惑なだけの男である。 一方、アメリカでは、タバコ産業が壊滅的な状況に追いやられていた。1998年に、巨大タバコ四社が四十六の州政府に対して、医療保険が喫煙関連の疾患治療のためにこれまでに負担してきた合計二千六十億ドル(約二十五兆円)の医療費を支払うという合意に至った。タバコを争点にした裁判で軒並み敗訴を喫し、喫煙者が社会的にかなり追い詰められている。全米タバコ産業親交協会会長であるデイモン・チェンバレンと、タバコ産業から多大な献金を受け取ってきたアーノルド・グリムショー下院議員(共和党の元締めである)の二人は、事態を静観することぐらいしか出来ないでいる。 亦蔵はたまたま、そんなアメリカの喫煙事情を特集する番組を見た。今や多くの州では自宅以外では喫煙出来ず、都市部では路上喫煙をすると逮捕されるのだという。それを知って亦蔵は決意した。会社を辞めて、アメリカに行こう。 どこでもいいから、とチケットカウンターで言い、ニューヨーク行きのファーストクラスに乗ることになった亦蔵は、テレビで見たプラザホテル前でタバコを吸うことに決めるが…。 刑務所から出る度にタバコを吸い再度逮捕される亦蔵に多くの輩が群がっていく。亦蔵ブームによって息を吹き返したタバコ産業、亦蔵に自社の服や靴を着せようとするファッションブランドなどが亦蔵の登場を歓喜と共に迎え入れ、ほぼ何も喋らない亦蔵は一躍アメリカの寵児に祭り上げられることになる。そこに、21歳の暇な女子大生・和邇メグルはどう絡んでくるのか…。 というような話です。 いやー、今回も面白かったなぁ。冒頭でも書いたけど、松宮宏は本当に奇想が凄い。どっからこんな話思いつくんだ、っていうような舞台設定や構成が本当に凄いんだよなぁ。 とはいえ、今回の作品は、物語の着想はわかりやすいと言えばわかりやすい。どう考えても、「マンハッタンで路上喫煙を繰り返して逮捕される日本人がいたらどうだろう?」という着想から物語を組み立てていったはずだ。だとしても、その日本人である樺沢亦蔵の造型や、亦蔵の振る舞いがニューヨークでどんな反応を引き起こすことになるのか、さらにはこの物語に和邇メグルがどう絡んでくるのか、というような部分まで含めて一つの物語に収めるのは本当に凄いなと思いました。 特に本書では、アメリカの政界の話がかなり描かれている。もちろん、僕はアメリカの政界には全然詳しくないので、本書の記述がリアリティを無視した荒唐無稽なものであるかもしれないのだけど、僕が読む限り、リアリティを感じました。政治の力学みたいなものがどう働くのか、という部分がリアルさを感じさせます。亦蔵という、ただタバコを吸って逮捕されるだけの男に、アメリカの政界が右往左往させられる様子は痛快で、でもその痛快さを演出するためには、アメリカの政界事情をリアルに描かなければならないわけで、その点も実に見事にクリアしていると思いました。 他の作品でも、例えばビジネスの話に精通していたり、食通なのかと感じさせるような記述があったりと、とにかく描像出来る範囲がとても広い。深い知識と描像力に支えられているからこそ、バカバカしいほどの奇想が、ただの荒唐無稽な設定ではなく、リアリティを伴ったバカバカしさを生み出しているのだという感じがします。 どの作品の読んでてもそうなんだけど、松宮宏の作品は、正直なところ、読み終わっても何も残らない。読者に何かを考えさせたり、何か教えを与えたりと言ったようなものとは無縁だ。しかし、その圧倒的な面白さ故に、「こんなに面白い本があるぞ!」と誰かに言い聞かせたくなるような、そんな作品です。超ドストレートなエンタメ作品です。そんじょそこらの小説にはない、ノンストップな奇想が物語を一気に牽引していく作品です。

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