誉れの赤

本作は、武田家山縣隊の赤備えの武士を描いた作品。主人公は、国人領主の士分 成島勘五郎と、山縣隊により百姓から武士に取り上げられた飯沼藤太。大恩ある山縣昌景が長篠で死に、徳川に仕えたが、主を転々とした後、仕えた主の井伊は山縣には遠く及ばず、さらに徳川は羽柴に天下を奪われる…。 そんな歴史の運命に翻弄される中、赤備えの二人が、各々で見いだす「真の赤備え」とはー。 士分ながら、百姓の藤太に助けられるほど、力の弱かった勘五郎は、「強くなりたい。32」と誰よりも強く思った。藤太とともに武芸に励み、念願の山縣隊に配属となる。 短いながらも、山縣隊では戦果をあげる。配下の名前まで覚える昌景の主としての姿、そして何よりも他国にまで名を轟かす赤備えに属する自分の姿に無常の喜びを得たことだろう。 しかし、そんな時間は長く続かない。 長篠の戦いで武田が負け、昌景が死ぬ。その時、昌景が最期に遺した言葉が、赤備えの、赤の遺伝子となり受け継がれて行く。 「赤備えは戦場の華なり。真の赤備えとは人に先んじて敵に当たり、比類なき手柄を上げ、そして…無事に生きて帰る者なり。24」 この言葉こそが、この後、二人を生かしてゆくのだ。ただし、それは同じ道とは限らなかった。 昌景の死後、徳川家の大須賀という武将の元で働く。信を得るために懸命に働き大須賀の元で慣れたころに石川数正の元に配属される。そして、始まる甲州征伐。この時には、石川の元ではなく、井伊直正の配下となっていた。山縣が死に、もはや武士として心が死にかけていた藤太は、ここで甲斐を見た。いや、見てしまった。一方で、勘五郎は、甲斐での一時出奔を見逃してくれた石川に恩義を感じるのだ。2人の心の奥底でのすれ違いは、既にこの辺りから始まっていたのかもしれない。 天正壬午の乱を乗り切ったものの、中央では、豊臣の天下が固まり始めていた。そんな中央の趨勢の中で、「戦支度ばかりで出陣の下知がないのなら、赤備えは、我らは何のためにあるー。200」勘五郎は、自分の役目すら見失ってゆく。 そんな中、始まった小牧長久手の戦い。 赤備えとして、懸命に働く勘五郎と藤太は、まさに赤備えそのものだった。「眼差しに宿る"昔と同じだ"という思いに、勘五郎は小さく頷いて応じた。己は敵の戦意を刈り取り、藤太は敵を叩き斬る。隙を伺うものがあれば、互いに守り合う。主家が徳川に変わっても、人の戦い方は変わらなかった。225」 だが、この戦が二人で戦う最後となった。 小牧長久手が終わった後、石川数正が出奔する。石川出奔の夜、話した勘五郎の役目に彼は奔走してゆく。「いつか徳川が再び天下に臨む時、あの男は間違いなく一方の屋台骨を支えるだろう。赤備え、成島勘五郎。井伊を支えてやってくれ。261」 そして、ついに別れの時がやってくる。 勘五郎は、井伊に対して諫言をするも受け入れられず、打擲を受ける。この言動が、ついに藤太の限界を超えた。勘五郎とともに。

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