オモニ

姜尚中

2010年6月30日

集英社

1,320円(税込)

小説・エッセイ

お前とふたりだけの話ばしたかったとたいー。ある日、わたしに届いた母の声のテープが、日本全体が貧しく、家族同士の体温が熱かったあの時代の記憶を呼び覚ますー。『悩む力』から二年ぶり、著者初の自伝的小説。

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kojongsoo8318

간상중 [어머니]

starstarstarstarstar 5.0 2019年02月06日

とも

(無題)

starstar
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2.4 2018年01月28日

知的でダンディな姜尚中が母への思いを赤裸々に綴っている。息子にとって「母」とはこれほどまでに大きな存在なのだろうか。 批判も非難もなく、絶対的なまでに「母」を求める幼な子が、大人になってもずっと続くのか。そしてその思いは、母亡き後も大きくなることはあっても、小さくなることはない。 娘はこうはいかない。娘は批判も非難もする。ときに敵対もする。 娘が母に素直に心を寄せられるようになるのは、母が歳をとることにより、力関係に変化が起こってからだと思う。 しかし息子は大人になろうが、自分が子を持ち親になろうが、おじいさんになろうが、いつまでも「母」の息子なのである。 そして「母が単なる母にとどまらず、『オモニ』であるとすれば、息子たちは狂おしいほどの母への思いに心を焦がすに違いない」と姜尚中は書いている。 思春期の多感な時期、在日という自分の存在を整理し、心の中で決着を付ける経緯も読んでいて興味深かった。オモニは死んだ子供の命日にはチマチョゴリを着て土俗的な祈りに没頭する。幼い頃の姜尚中はそんなオモニに恐れを感じた。それは姜尚中が子供心に一生懸命、永野鉄男という日本人になろうとしていたからだろうか。 私も子供の頃に、大人たちの会話で「チョーセン」という言葉を聞いたことがあった。その「チョーセン」は明らかに差別的な響きを伴っていたのは子供心にも感じられた。 「チョーセン」「チョーセンジン」と謂われない差別をされ、虐げられてきた在日の人たち。雇ってくれるところはない。お金を貸してくれるところもない。「チョーセンジンはチョーセンに帰れ」と言われながら、豚を飼い、廃品回収をしながら、地を這うように生活をしてきた。 自分だけでも精一杯なのに、困った同胞に手を差し伸べて、助け合って暮らしてきた。姜尚中の両親もそうした人たちだった。オモニは字が書けず読めなかった。それでも直感で人を見、信頼し、がむしゃらに進んだ。どんなに苦しい目にあおうとも、決して恨まず、憎まず、妬まず、許した。 戦中戦後、彼らがどれだけの苦難を乗り越えて暮らしてきたか。ともすれば私たち日本人は、朝鮮人差別を「なかったこと」にして目を瞑っている。 今は韓流ブームとやらで、韓国に興味を持つ人が増えたが、彼女らは歴史には無頓着だ。また、李大統領の竹島上陸以来、感情的な愛国論が世の中もを席巻している。不幸なことだ。いつかきた道に戻らないことを祈るのみだ。

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