壁

安部公房の芥川賞作品。展開が早くユーモアがあり読みやすいが、かなり難解。 ・Sカルマ 名前を失った主人公が、最終的に壁になる物語。 壁は何らかを象徴しているため、メッセージ性が強く、それを紐解くことで、この物語を自分の中で内在化でき、面白い気づきを得られるといった醍醐味があるのだが、何を象徴化しているのか判然とせず落とし込めなかったのが非常に残念。 フロイトの死の欲動を学んでないため、これを読み込むための知識が足りてない。精神科医として忸怩たる思いになる。 主人公は、名前を無くしアイデンティティが失われたことで不明瞭な存在となったのだが、外界と内界からは見え方が異なっていた。外界からは周囲を戦慄かせる深淵さがあり、危険視されている一方、内界では曠野の様に広洋な存在へとたらしめて、動物たちを惹きつけていた。この両極端な外界と内界が止揚されると、確固たる自我を持つ存在を形成させることになるのだろうか。壁の観念は、外と内を分画化するものであると考えられる。 よくわからない時は、テクニカルワードで言語を圧縮しながら、抽象的に考えることで、何らかの一条の光が見えてくることがある。そこから徐々に解像度を上げて、具体的に考えられると思ったが、無理だった。自分でも何を言っているのかわからない笑 ・バベルの塔の狸 フロイトの構造論だろうか。 主人公は自我、狸はエス、バベルの塔にいる主人公は超自我である。自我とは、「これが自分」という核であり、エスをコントロールする。意識、前意識、無意識のどこにも存在している。 エスは自分の中にあるが自分の知らない世界。この物語では狸が該当し、主人公の一部にも関わらず、主人公とは違う一面を見せていた。エスも上記3つの意識に出現することができる。 超自我とは見張り役・監視役で、超自我の厳しさ・緩さでエスが自我に張り込むことを調節しており、バベルの塔で主人公が狸から逃れた際に働いた自分である。 構造論は、心の構造を3つの心的装置で捉え、それぞれが意識、前意識、無意識のどこで働いているかを考えた理論である。 主人公が生活してた世界は、現世であり、上記3の意識が働いてる。バベルの塔がある空間は、前意識と無意識の狭間だろう。前意識は自覚しようとしたら、意識できるが普段は無自覚なものだ。というもの、エスの存在は現世ではある程度理解はできる。我々は直面した出来事に対して防衛機制を用いるが、それを分析することは可能だからだ。そのため狸の存在だけを示唆されたあの世界は前意識として捉えることができる。 バベルの塔は、無意識だろう。入塔する際は壁に頭をぶちつけ、意識を失った状態でないと、入ることができていなかった。 バベルの塔に入ってからは、超自我がエスと対峙する場面となった。最終的に超自我がエスをコントロールし、現世と戻ってきたが、狸の存在を追い払った、つまり自分の無自覚の一面にあるエスの一部を欠いたことになる。そのエスは、創造面をもたらす詩人の一面であった。現世に戻ってきた主人公は、元の主人公ではなくなったのだ。 我々はこの体験をすることはないが、大きな困難に直面した際、内的世界ではバベルの塔の決闘の様な激しい自我の闘いが行われているのかもしれない。 ✴︎以下は同僚の友人の壁の感想文。 秀逸な文章だったため、自分の記録用に。 ●初めての書評 私にとって読書とは、“誰からも理解されない孤独な自分”への、傲慢な自己憐憫を慰める行為である。そのため、これまでは作品の意味を解釈することよりも、孤独を潤し、生きるための支柱となる文章を見つけることに、必死に取り組んできたと思う。その中で、精神病理的な視点で読書に取り組み、内面世界を共有する歓びと、表裏一体の悲しみを教えてくれた、知人への謝意と別離の寂寞とを胸に、初めて書評をしたためることとする。 壁•Sカルマ氏の犯罪は、著者27歳時の芥川賞受賞作であり、私個人としては「砂の女」以来の2作目の著者作品である。 本作は「砂の女」と同じように作品全体が隠喩の重畳となっており解釈に頭を悩ませるが、ここでは『名前』は社会的な存在の代名詞として、『胸腔の砂漠』は名前を失い物体的存在となってしまった主人公の孤独な心として、『壁』は無機物としての母胎の隠喩として考える。主人公は『名前』を失うことで、社会的な存在としての役割を名刺が代行することになる。同様に社会的存在であった他者は、目玉や嘴、マネキンといった存在に変容し、有機物同士が持ちうる豊かな社会的交流を失ってしまう。その後「パパ」と呼称する教授に『胸腔の砂漠』に強制的に侵入されて傷付き、最終的に見放されたことで更に孤独を深め、有機物としての存在意義を見失い「死んだ有機物」となった主人公は、「古い人間のいとなみであり、実証精神と懐疑精神の母胎」である『壁』に「生きている無機物」として生まれ変わったのだと考える。そして、対極のポールであるもう片方の世界の果てからの来客を待ちつつ、孤独な無機物として肥大化していく姿を想像したところで、物語は終結する。 壁たる母性と教授たる父性の対比など、宗教的、哲学的視点などから更なる考察の余地はあると思うが、現時点の私には考察が難しい。また、私個人としては前述したように隠喩により意味付けされた小説よりも、心の支柱となりうる文章を重視する傾向があるため、評価は星3とした。 解説にも記載があるが「砂の女」と同様広大な砂漠のイメージが印象的な小説である。砂漠は渇いた砂の集積体であるが、夜月に照らされると筆舌しがたい湿度を含み、眺めている自身の心にも緩慢な速度で浸透してくるように感じる。孤独を感じやすいと自負する傲慢な私に、湿度を与えるものは何なのだろうか。また、そこで見つける壁とは何なのだろうか。今後も自身に対して問いかけ続けてくるであろう本作に、最初の書評をつけたことに必然さを感じてしまうのは、今も「理性が役立」っており、自らが有機物としての存在である、ということなのだろう。 追記: 「土の中の子供」の解説で知ったが、有機物から無機物への変換というのは、フロイトの死の欲動と一致しており、個人的な考察と合致していた。安部公房は医学部出身であり、意識的にモチーフにしていたのだろうか？ ｢壁(安部 公房)｣ https://www.amazon.co.jp/dp/4101121028/ #読書管理ビブリア

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