影武者徳川家康 上
新潮文庫 りー2-5 新潮文庫
隆 慶一郎
2008年11月30日
新潮社
935円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
慶長五年関ヶ原。家康は島左近配下の武田忍びに暗殺された!家康の死が洩れると士気に影響する。このいくさに敗れては徳川家による天下統一もない。徳川陣営は苦肉の策として、影武者・世良田二郎三郎を家康に仕立てた。しかし、この影武者、只者ではなかった。かつて一向一揆で信長を射った「いくさ人」であり、十年の影武者生活で家康の兵法や思考法まで身につけていたのだ…。
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家康別人説と言うのがある。これは家康側近・林道春の『駿府政事録』に次のような一節があるところから立てられた俗説である。晩年の家康が「昔、又右衛門というやつに銭五貫で売られて、駿府にいた」と。今川家の人質となっていた松平竹千代が、銭五貫で人買いに売られるわけがない。売られたのは家康の影武者であり、家康は関ヶ原以降、影武者に取って代わられたと考えると辻褄があう。 本書は家康が関ヶ原の戦いを前にして刺客に殺害され、影武者が家康に取って代わったという、奇想天外な物語である。家康には関ヶ原を境に謎が増える。一例をあげれば、なぜ征夷大将軍の就任を三年も引き伸ばしたのか。その地位を、たった二年で秀忠に譲っているのはなぜか。駿府を大改造し、西のみならず東に対しても難攻不落の地にしたのはなぜか。最大の謎は、最後の敵たる豊臣家と終始和解に努めたのは、なぜか。著者は影武者が家康に取って代わったからだと言うのである。 影武者の名を世良田二郎三郎と言った。もとは野武士であるが、その出自をたどれば、全国を漂流して生業を立てて歩く「道道の者」である。現代の表現で言えば、エタ非人である。現代の我々からみれば彼らは差別の対象となるが、この時代では彼らは課税対象と成らないなど区別はされたが差別はされていない。我が国の歴史でここは見誤ってはならないところだ。しかも彼らは、その漂白性のほかに「上ナシ」の心をもつ精神性に特性がある。「上ナシ」とは自分の上に他人を認めない、自分が誰かに使われるのを好まないということだ。現代風に言えば自由人でありたいということに他ならない。 中世を一言で言えば、武士が社会の前面に出て武士の価値観によって形作られた封建社会と定義付けられようが、時代の雰囲気や庶民感情はいわゆる正史とはかけ離れたところにあるのは歴史の常だ。本書は影武者が本体に取って代わり、歴史の事実に即して物語を展開して行くストリーの面白さに加えて著者の世界観が色濃く反映されている。そこが本書を読む上でのもう一つの楽しみとなっている。
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taboke
(無題)
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