
それでも、日本人は「戦争」を選んだ
新潮文庫
加藤 陽子
2016年6月28日
新潮社
990円(税込)
人文・思想・社会 / 文庫
膨大な犠牲と反省を残しながら、明治以来、四つの対外戦争を戦った日本。指導者、軍人、官僚、そして一般市民はそれぞれに国家の未来を思い、なお参戦やむなしの判断を下した。その論理を支えたものは何だったのか。鋭い質疑応答と縦横無尽に繰り出す史料が行き交う中高生への5日間の集中講義を通して、過去の戦争を現実の緊張感のなかで生き、考える日本近現代史。小林秀雄賞受賞。
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「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」。この書名には「太平洋戦争は避けられなかった」あるいは「戦争責任は日本人全体で負わなければならない」とのニュアンスが込められていないだろうか。私はまずそこに違和感を禁じ得なかった。なぜなら、この言葉遣いに戦争指導者や国家指導者の責任を曖昧にしようとの意図を感じるからである。私は何も犯人探しの上で善悪二元論に収斂させようとの極論を言っているのではない。政権中枢部の無責任さが報道されるたびに思うのは、太平洋戦争の戦争責任をしっかりと総括していたなら、こんな日本人になってはいなかっただろう、と思うからである。 沖縄の基地問題を例に取れば、沖縄の地政学的条件もあるとはいえ、やはり昭和天皇のマッカーサー軍事顧問への提言が大きな要因と言わざるを得ない。その結果が沖縄の基地集中である。これは米国で公文書が公開されているのだから、歴史的事実として日本人はキチンと認識すべきである。ところが、肝心の国民は宮内庁とマスコミのイメージ戦略にすっかり骨抜きにされているのだから、何をか言わんやだ。天皇の責任を明確にしないのは、そうすれば権力の中枢にいる人間の責任論が浮上するからとしか考えられない。日本の権力者は天皇を頂点に添えた二重構造の中でヌクヌクと生き抜いてきたからだ。ポツダム宣言受諾において、国家指導者の最大の関心は『国体の維持』であった。それは、天皇制の元での自己保全に過ぎない。
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中庸な視点で歴史を捉えている名著
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備忘録
戦争について、客観的に読める本 戦争については考えていきたいと思った 当時の人達の思考がどういうものだったのか知れた 安易に日本人が加害者だとか被害者だとかいえるものでもないなと思った 何回か読むべき本
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