
ビタミンF
新潮文庫 新潮文庫
重松 清
2003年6月30日
新潮社
737円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
このビタミンは心に効きます。疲れた時にどうぞーー。「家族小説」の最高峰。直木賞受賞作! 38歳、いつの間にか「昔」や「若い頃」といった言葉に抵抗感がなくなった。40歳、中学一年生の息子としっくりいかない。妻の入院中、どう過ごせばいいのやら。36歳、「離婚してもいいけど」、妻が最近そう呟いた……。一時の輝きを失い、人生の“中途半端”な時期に差し掛かった人たちに贈るエール。「また、がんばってみるかーー」、心の内で、こっそり呟きたくなる短編七編。直木賞受賞作。
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(無題)
お肌に良いのはビタミンC。ではビタミンFは。ビタミンFは心に効くのである。そんな効能通りのお話しを集めたのが本書である。短編7篇それぞれでビタミン剤の効き目が表れてくるのが、終わりから20行前あたりから。効き目は確実なことが分かっているので、それ以前にどんなにやきもきさせられても、安心していられるところが良い。 各編とも主人公は働き盛りのサラリーマン。年齢は40前のおじさん世代。家庭は専業主婦の妻と二人の子供。上の子が中学二年生とむづかしい年頃。今から14年前に刊行された本であることを考慮しても、この家族モデルは古すぎるような気がする。妻が専業主婦である事と、結婚年齢が早すぎるのではないか。ま、いずれにしても、本作は家族の様々な危うさを切り取り描き出している。 どの物語もサラリと読み進められるのに、読後にはほのかな温かみを残してくれる。一見、平凡で当たり前に見える家庭の幸福はいったん崩れてしまうと、それを取り戻す事は容易ではない。それと同様に、繰り返される変化の乏しい家庭生活の中で、いったん退屈なつまらなさを感じてしまうとそこに新鮮な価値を見出すことが難しくなる。 これが家族とともに本書のもう一つのテーマである。安定からもたらされる日常の倦怠という中年期の精神的混迷である。また、この時期は自分が歩んできた人生にはどのような意味があったのか、この人生の進路の選択は誤りではなかったのかという問いに悩まされやすい時期でもある。本書には中年男性のそんな切なさと哀れさが漂う。 いわば中年メランコリーとも呼ぶべき気分なのかも知れない。僕にもそんな時期があったのかと胸に手を当てても、すっかり忘れて思い当たる節がない。むしろその後に訪れた初老期うつの方が心に残っている。熟年を通り越して老年期を迎えた我が身としては、最後のお話し「母帰る」に登場する父に一番の親近感を覚えるが、まだそこまで枯れてないなー、との感もある。
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